2011年2月28日月曜日

そうだ、高齢者が悪いのだ

亭主、健康保険は「特例退職被保険者制度」の適用を受けています。定年になるまでいた会社の健康保険組合にそのまま残っている。後期高齢者になるめでは。その時その制度がどうなっているかはわかりませんが。

その健康保険組合から通知あり。平成23年度の保険料通知と保険料率改定のお知らせ。23年度は保険料はほぼ前年同様。標準報酬月額算定の結果。月15,400円の保険料。
24年度からは改定。大幅アップと。お知らせにはこう記されています。
「いま、健康保険組合としては組合財政の健全化が最大の課題です。厳しい財政状況の主な要因としては、高齢者による医療費の増大、及び健保組合が高齢者の医療を支えるための納付金・支援金等の負担が重すぎることがあげられます」。と。
そうか、健保組合の財政状況を悪くしているのは高齢者なんだ。国の財政もきっと同じなんだ。高齢者は悪いんだ・・・・。

「これにより当組合の赤字額は23年度4,6億円が見込まれ積立金を取り崩します。しかし、24年度は繰り入れるための別途積立金が枯渇するため、保険料率を現行の5,6%から7,6%へと大幅アップせざるを得ません。特別退職被保険者の方も年間18,5万円が約4,6万円アップして約23,1万円になります」。

健康保険料年に4,6万円アップ。まいりましたな。つらいですな。組合健保に加入していてその上で安穏としてきたつもりはありませんが、保険料年23,1万円。考え込んでしまう。余裕無し。

厚生年金基金も大変な状況の様子。全国で数十の組合が危機に陥っているとか。解散の危機にあるとか。国民年金では相変わらず厚労省がドジこいてる。

そうだ、それに介護保険料も上がるとか書いてあった。

片や、これからは介護ビジネス、高齢者ビジネスが勝機だと人口動態調査統計の数字もって社員に熱弁ふるう経営者あり。いや、今は別業種。高齢者ビジネス、介護ビジネスに手を出そうってわけ。

高齢者は食うのか食われるのか。世の中を食ったような顔して生きていても、食われる危険性あり(笑)。高齢者は悪いのだ。社会の害毒だ。社会のシステムを壊している。組み込まれているはずなのに実は組み込まれていない。

いいさ。悪者だって。悪い奴ほどよく眠る。今夜も枕を高くして寝てやるぞ。あすの定めは知るよしも無し。

2011年2月27日日曜日

一服

さてと、ここらで一服。いえね、塾が近づいてきたんで本やノートなど繰りながら何を話そうかと準備してたんですが。一応題目は決まってるんです。事務局長の”指示”で。「便利さがもたらしたもの」ってことに。

さて一服。この「服」という字は面白い。いろんな使われ方があって。着るのも服。服従するの服。つきしたがうことって意味がある服。喪に服すの服。こもることって意味。薬や茶を飲むこと。煙草をのむこと。

ここでは、とりあえず一服、一休みってことで。煙草に手が伸びるんですが・・・。薬を服してもいることであり・・・。

一服も面白い。一服盛る。これはたぶん毒。煙草も毒。一服の清涼剤。煙草の代わりにコーラでも飲むか(爆)。

酒とジャズと煙草と。60年代、70年代の「基本形」。煙もくもくのジャズバー、ライブハウス。亭主の匂いも染み込んでいるかも(笑)。
ここでのタバコは一服ではなかった。「セット」だったかも。ステージでも演奏者やシンガーが煙草と酒を片手に歌う、奏でる。ああ、懐かしの光景。
「禁煙」なんて紙を貼ったら誰も客はこない。
現代日本、なんと健康清潔社会になったんでしょう(爆)。

一服ついでに一曲進呈。♪プカ プカ プカ♪。煙草吸いたくなっても知りませんよ(笑)。

2011年2月26日土曜日

一過性なのか・・・・

マスク姿の人が増えました。増えたというよりもほとんどと言っていいくらい。
「どうしたの?風邪ひいたの?」「いえ、予防です」。そういえばあちこちで聞くインフルエンザのお話し。患者さん。子供が寝込んだ、私が罹った。一週間休んだ・・・。

花粉症の季節の到来。去年より10倍という話しも。マスクに眼鏡必需品とか。完全武装すればどこの誰だかわからなくなる。

必要ないのに、マスクの人多すぎる。顔を隠しすぎている。マスク姿の人は見分けがつかない。マスクに潜んでいる実像は・・・(笑)。

称して伊達マスクって言うらしい。なんともはや・・・。流行だそうで。

最近はマスコミがほとんど報じなくなったタイガーマスク現象。タイガーマスクがいなくなったのか。報じないから出てこなくなったのか。かくのごときマスコミの一過性現象。
伊達マスクだってマスコミが話題にするから流行っているんじゃないのかな。伊達直人、タイガーマスクだから”伊達マスク”って洒落なのか。

医者、病院行くと先生も看護婦さんも皆マスク、マスク。顔見知りかどうか識別不可能(笑)。

昨夜は塾の例会場で少人数でちと一献。従業員のゆかりタン。先日成人式だったとか。写真見せてもらった。かわいかった。親御さんも喜んでいることだろうし。目指すは看護婦さん。頑張れよ。店ではマスクしたなかった。(笑)。
客にもゆかりサン。仮面かぶったような会社の体質に怒り心頭の御仁。世はさまざま。マスク無しの花の素顔(笑)。

ゆかりタンと言えばあのフィギアスケートの眼力、中野ゆかりさん、さっぱり見ないんだけどどうしたのかな。引退したのかな。一過性だったのかな。(爆)。

一過性で許される事と許されない事があるんですよ。世の中は。

2011年2月25日金曜日

マニフェストとは政争の具だった

民主党のお家騒動、学級崩壊、統治能力の欠如。いまさら論じるのもばかばかしい限り。ではあるのだが。

何かと言えばすぐ国民の、国民のと国民を乱発する政治家諸君よ。十把一絡げのように「国民」って呼んで欲しくはないのだ。せめて言え。「私を選んでくれた選挙区の皆さん」とか「我が党に入れてくれた選挙権のある皆さん」とか「我が党を支援してくれていたいた皆さん」とか。国民にはいろいろ有るんだぞ。

内紛状態の民主党。騒いでいる奴らは一様に「マニフェスト違反」だからと言う。あのね、”国民”は民主党のマニフェストなるものが善いとして投票したんじゃないんだよ。単に政権交代させたかっただけ。たいたいね、マニフェストなんてどっかから気取って持ち込んだカタカタ語がどれだけ”国民”に理解されているのか。ましてアジェンダなんていうに至っては。気取ってんじゃねえよ。あげくダラ菅攻撃にはガバナンスが無いなんて。日本人だろ。てめえら。

あの16人、昨日の松木なんとかっていう下品な顔した奴。そして小沢支持の一新会とやらのガキ。マニフェスト、マニフェストだと。

亭主は子供手当なんて絶対反対。子供は親がどんな苦労しても育てるものっていう自分の氏素性から学んだ事実。高速無料化。愚策。でも民主党に入れた。なんでか。単に三代続いた自民党のバカ宰相に飽き飽きしてたから。マニフェスト異議あり、民主に一票。亭主の周りにはそう言う人多いですよ。

今更、この予算案の採決前になって民主党議員に拘わらず予算案はマニフェスト違反だなんて言って騒いでいる奴ら。マニフェストっていうのは結局政争の具でしかなかったんだ。ばかばかしい。大臣になって歓迎されない役所に行ってマニフェストとやらを書いた印刷物を壇上で掲げていた人もいたっけ。

小沢に忠誠を尽くすことが政策とは関係ない個人的マニフェストだったんだ。

この騒ぎを収めてはじめて小沢は大政治家。煽っているようでは単なるガキ大将。

ああ、怒りがこみ上げて来るとどこまでも行ってしまいそう。ばかばかしいから辞めた(笑)。あげくに果て、毎度お馴染みマスコミ論調。これも怒りの対象。内紛を煽ることしきり。

亭主の怒りを他所に、今日も春の穏やかな気候。

2011年2月24日木曜日

たまたま・・・

ニュージーランドの地震。多くの被災者、死者、不明者。なんとも言いようがなし。一人でも多くが救出され、早く復旧することをあらためて祈るのみ。

倒壊したビルのガレキの中にいるであろう人達。たまたまあの場所にいた。たまたまその席に座っていた。被害者本人に何の意思あろう。

人生は往々にして、生死は往々にして「たまたま」に左右される。日常生活でも味わう「たまたま」な出来事。出会い。それを偶然というのか、運が悪い、運がいいと言うのか。

人はたまたまこの世に生まれてきたわけではないのに。

地震はたまたまあそこに、あのポイントに起きたのか。そう、たまたまなんでしょう。地震にだって故意は無いはず。

そのたまたまを予測することは不可能。人知及ぶべからず。

地震大国日本。阪神淡路大震災の記憶未だ定かなり。たまたまへの備えいかばかりか。公共施設などの耐震強化率低し。たまたまの不安増す。

たまたま持っていた携帯電話。そのメールが被害の状況や安否を知らせる唯一の手段だった。近代文明の産んだ利器。古代から存在する地震。

不可能であるとは分かっていても「たまたま」を的確に予測する近代文明の術が出来上がること願う。

2011年2月23日水曜日

やはり亭主はダメ男

なんだかんだと文句を言いながらも新聞を読むこと、見ることは日常から欠かせません。たしかにニュース速報とか、何があった、起こっただけはテレビやネットで十分なんですが。

朝起きるとコーヒー。やおら立ち上がり犬と散歩。帰ってきて新聞。一時間弱。見出しだけもあればじっくりも。各ページ。読者の投稿欄まで。仔細にってわけじゃありませんが。もちろん大半が読み飛ばし。新聞って全部ちゃんと眼を通そう、読もうと思ったら午前中かかる(笑)。

朝食終わってからテーブルの前に座り、ハサミ持っての切り抜き作業。気になった記事を切り抜いていきます。

この「切り抜き」。もう何十年やってきた作業でしょうか(笑)。若い頃の記者クラブ時代。出勤してすぐに着手するのが切り抜き。5紙を繰り。関係する記事を切り抜いてはスクラップブックに糊で貼っていく。記事の片隅に日付と紙名を書いて。
だんだん増えていくスクラップブック。先輩達が作ったものから始まって。で、それをひっくり返して見ることは希(爆)。

切り抜いたということが一つの安心材料。

その”癖”は今になっても続き。切り抜きしないと大事な忘れ物したみたいな気になる。以前と違うとこ。スクラップブックに貼らない。積んでおくだけ。そしてほとんど見ない。

はい、亭主はダメ男なんです。きちんと整理出来ないし、書き留めるという作業に面倒くささを覚え。一つ一つ読み返せば面白い記事もあるのに。

そのうち、そのうち、日が暮れる。積んだままなのです。ほとんど。

もう一つ、新聞ならではの広告。本。本の広告に惹かれます。これも切り抜き。欲しい本は山ほどある。しかし買って来て読む時間は限られているし、眼がついていかないし。いや、それより以前に金が無い!。少なくとも眼に関しては文庫本読むこと能わずなんです。ダメ男なんです。

そして投稿欄とか川柳とか短歌とか。これもなかなかの物。投稿欄の意見なんて変なジャーナリストと称する奴や学者さんの意見よりよっぽど物事の真髄をついている。

著名人の書いた本を後生大事に読んだ、読んだ、勉強になったと言っているそこの御仁。市井の人の見方の方がよっぽど役に立ちますよ。

こんなこと書きながらニュージーランド地震の続報が気になります。ネットニュースもいまいち心許ないけど。多くの人の無事を祈るばかり。
クライストチャーチには昔、切り抜き帳携えて訪問したことあり。楽園との印象いまだぬぐえず。

2011年2月22日火曜日

嘘と方便と

「お釈迦様だって言っているんだぜ。嘘も方便、処によっては真ともなるってさ」。たしか落語の「芝浜」の下げだったか。子供の頃に聞いたこの一節。よく覚えています。言い回しは多少違っているかもしれませんが。

「嘘をついたら閻魔さまに舌をぬかれますよ」って言われた親の教育。いやだ、そんな痛いこと。嘘をつかないことを心がけていたのに。

この落語の一節聞いた時は”驚天動地”。適当な嘘ならついてもいいんだ。真なんだ。あのお釈迦さまがいってるんだから。かくて人生の転機を迎え(笑)。

そういやあるじゃん。嘘から出た真なんて諺も。ませガキは、そうして勝手な解釈をして悪い大人になって行った(爆)。嘘は方便の手段なのか。嘘と方便とは似て非なるものなのか。

お釈迦様に舌を抜いて欲しい、あのノータリン宰相だった鳩山由紀夫っておとこ。もちろんダラ菅も無能、無策でだめだけど、今の民主党の体たらく。その原因は鳩山にあり。日本を駄目にした男の戦後ナンバーワン。政治不信罪で終身刑だぜ。

トラストミーなんて言ってオバマに嘘をつき。普天間では「抑止力」なんてうろ覚えの言葉持ちだして沖縄県民を欺いた。万死に値するのに。お釈迦様てなんて寛容なんだろう。

これからは詐欺も含めた嘘つき達が「方便、方便、勘弁、勘弁」って言いだしまっせ。お釈迦さまは勘弁しても亭主は許さない(爆)。もっとも、亭主が怒っても誰も何も痛痒を感じないだろうけど(笑)。

2011年2月21日月曜日

珈琲と水と

亭主は珈琲好きです。朝起きるとまず一杯、二杯。朝の珈琲と煙草(泣)(泣)(泣)。それで眼が覚めるといった具合。やむを得ずホテルなどに泊まった時には部屋にコーヒーがあるかないかは重大な問題なのです。


今は減ってしまったけど、一時期珈琲が、喫茶店が全盛を極めた時代がありました。喫茶店の隣が喫茶店、そのまた隣もってな具合。
静かに音楽を聴かせる店。友と語らいの場・・・。それぞれの店が独自の味を出し。カウンターのお店は「おやじ」とのおしゃべりの場。なぜか喫茶店の親爺は話題が豊富だし、知識も凄い。人生訓も。

ある時、あるお店。珈琲を飲む前に水を飲むなって。喫茶店に入ると即座に店員さんが水を持ってきてくれて注文ってのが一つの形だった時代。「水の味が口に残ると珈琲の味が変わる」と一家言のおやじ。

別の店。珈琲飲んだ後水を飲むな。珈琲の香りや味は口の中でしばらく持続しているんだから。これも一家言。

コーヒーと水は不可分の物って思っていたんですが。「こだわり」ってのはいろんな説を生む。
喫茶店を舞台に人間関係が成り立っていた時代。喫茶店でのんびりとした時間を過ごせていた時代。コーヒーを飲みたいだけでなく、居場所や空間、付加価値があった時代。顔見知りに出会える場所。

喫茶店なる店が激減した今。ドトールとスタバが主流になった時代。喫茶店はあまり美味しくないコーヒーを飲みながら、サンドイッチ食べながらパソコンとにらめっこの場になった。

「ちょっとお茶でも飲みにいきませんか」。まだナンパなんて言葉が無い時代。行き会った女の子に声をかける一言は「お茶飲みに」だったっけ。

で、亭主。確かに、コーヒーを飲むときに前後に水は飲みません。自然とそうなっていた。

水をガブガブ飲んで「お代わり」持って来てもらうお気に入りのウエートレス。それに熱い視線を送っていた友人いたっけ。

喫茶店の水ってコーヒー飲み終わった後も長居できる、させる「方便」だったのかも。

珈琲と水と。誰が考え出した”関係”なんでしょうか。

お湯を湧かして手軽なモンカフェ一杯とでもいってみましょうか。何もない事務所で。

2011年2月20日日曜日

あの騒ぎは何だたのか

東北新幹線下り線。那須塩原駅近くの田んぼに、さびれたように立つ看板。
「首都機能を那須野原へ」。もう何年立っていたのでしょう。もしかしたら今も立っているかもしれません。

首都機能移転。日本列島は大いに沸きました。懇談会や審議会が設けられ、日々ニュースとして伝えられ。候補地が絞られると大騒ぎ。

1990年の国会決議がきっかけ。折からのバブル、土地高騰。拍車をかけ。99年には審議会が候補地決定。

「栃木・福島地域」「岐阜・愛知地域」「三重・畿央地域」。
福島県は沸きに沸きましたね。駅には垂れ幕、看板。街中にも。誘致活動も。お祭りも。
阿武隈山系岩盤強く地震の心配なし。当時の県知事さんはよるとさわるとこの話ばかり。
東京から最低6万人が移住すると。

そしてバブル崩壊、景気低迷。話しはしりすぼみ。いつの間にか話題にもあがらず。マスコミも触れず。都市機能の一極集中排除ってのがお題目。今は地方分権論しきり。金、金。この分権だって言われ出してから久しい。

飽きやすいのか場当たり的なのか。

今年中には国土交通省の中にあった首都機能移転担当の部課が消える、無くなるという話。県庁にあった担当課もなくなりどこかの課の隅で間借り。2~3人がいわば“残務整理状態”とか。

あの騒ぎは何だたのか。踊りに踊らされ、舞いに舞わされ。
候補地とされたところ、乱開発されなかっただけでも、途中で廃墟を作られなくてよかったのでは。

人騒がせな政治家、行政。定見無き平成の日本列島改造“論”。

こんど新幹線乗ったら居眠りせずに目を凝らしてみますね。あの看板が風雨に、日月にさらされてどんな姿になっているのか、あるのか無いのか。

2011年2月19日土曜日

「法」とは・・・

今更大学の法学部一年生みたいな”議論”をするつもりはありませんが。

改めて「法」とは何か。「法の執行機関」とは何か。「法の解釈とは何か」などと考えてしまいます。

武富士会長の子供に対する贈与税脱税裁判。最高裁の結論。「国は2,000億円を武井家に返還しろ」。贈与された時の住所は香港、日本への納税義務は無いって判断。納得する国民いるのでしょうか。

どうやっても明らかに法の目を潜り抜け、隙間を狙っての香港居住。税逃れの意図を重視するか、租税法律主義の名のもとに法解釈を適用するのか。国税の課税は拡大解釈だという。ならば最高裁の判断は狭小解釈とでもいうべき。

金貸しやって利息で莫大に儲け。過払い利息とりつづけ。貯めこんだ金の一部がなんと2,000億円とは。それがこの財政危機の国庫から払われる。腑に落ちないこと甚だしい。その2,000億円にやがて多額の相続税がかかる時がくるのかどうか。

話は飛ぶがエジプトのムバラク大統領、なんと個人資産5兆円とか。国家予算よりも多額な個人資産。そりゃ暴動だって起きるわい。

どうも最高裁の判断、判決におかしなところが多い昨今。ある意味、司法の危機かも。特捜不祥事は言うまでもなく。
大相撲の八百長騒ぎ。暴いた週刊誌の告訴事件。最高裁は「八百長なし」。あったじゃないですか。間違った判決。責任って誰がとるの。だれもとらない。

相次ぐ最審での逆転判決。最高裁の権威は地に落ちたとも。責任はだれも言わない。

日本は法治国家です。法の下では皆平等と憲法には書かれており、あらゆる意味で「法」に縛られて生きています。法に守られて生かされているという感覚は少なし。

法律は、いつかの時代に誰かが作ったもの。間違ってもいれば、隙間、抜け穴だらけ。実情勘案されず。法の網をかいくぐった者が勝ち。

国会も衆議院規則や参議院規則、それに先例集ってのがあり。頭のいい議員さんやずるがしこい議員さんはそれらを熟知していて、いや、議員さんだけじゃない。国会職員かも。それらの「法」の裏をかく策を弄することを達人呼ばわり。

「法」とは・・・。「正義」とは・・・。不条理な世の中を不条理に生きるのが我がさだめか。

2011年2月18日金曜日

舞句さんのこと

かつて結構仲の良かった友達の一人にNHKのアナウンサーがいました。多分亭主と同年。アナウンサーとしてはそれほど知名度は無く、定年間際は郡山の放送局長。名前は山河弘道さんといいます。

その人の趣味は川柳。自らマイクをもじって舞句がペンネーム。投稿したり自費出版したり。今は郷里の仙台で悠々自適か。川柳詠みの没頭か。

第一生命恒例のサラリーマン川柳。今年もノミネート作100本が発表され。自分では全くやりませんが作品を読むのは好きなのです。別に第一生命のフアンや加入者ではありませんが。(笑)。

日本人が持つ独特の諧謔精神、反骨精神、苦を笑い飛ばそうとする気骨。大いなる社会批判、皮肉。好きなんですね、これが。

目に付いた面白い作品。必ずどこか時代を象徴している。
「コンビニで整いました母の味」。たしかに美味い物は美味いし手軽。
「人員が整いましたと解雇され」。ダブルコロン、そのうち干されるぞ(爆)
「ランチ代牛丼価格に値下げされ」。「何になる?子供の答えは正社員」。

いつもサラリーマンは自虐的なんです(笑)。

「イクメンと乗せられ今や家事すべて」。「そびえ立つ妻は我が家のスカイツツリー」。はい、こう詠むご家庭に限っていい奥様ばかりなんです。

世相反映。亭主の行状もやり玉にあげられ(笑)。
「見栄で買い使いこなせぬ哀フォンだ」。違うもんね。亭主はドコモだもん。ギャラクシーだもん。でも使いこなせぬのは同じ。
「指舐めてぺージをめくるアイパッド」。ipadはちょっと拝借して試したこと有ったけど使い易かった。指は舐めてないもんね。

多機能携帯、スマートフォンに替えてから二週間。お勉強にドコモショップへ三回も足を運びました。電話、メール、写真の操作だけで。そうだ、予定帳も使っている。グーグル検索は出来る。天気予報も見られるようになった。その先の多機能に進むにはどれくらいかかるのでしょうか。

指先の「タップ」とやらですっかり肩と首が凝っています(爆)。

我が事はともかく。川柳を通してみる庶民の視線、目線、観察力。やはり政治家を上回っているように思えてなりませんが。舞句さんの作品も候補にあがっているといいのだけれど。

2011年2月17日木曜日

間抜けな家出少年たち

民主党の”若手”議員16人が会派離脱届けを出したという。新会派を作るという。「民主党政権交代に責任を持つ会」だって。民主党は離党しないという。帰る家を持ちながら家出を叫ぶガキってことか。

与謝野が自民離党、立ち上がれ結成、離党。民主政権の大臣に。与謝野は比例での復活。自民票で当選したのに民主の片棒かつぐのはけしからんと怒った向き多数。

今日のこの離反騒ぎ。全員比例で当選した奴ら。民主党って書かれた票を貰った人達。民主党はイコール小沢党じゃない。選挙民への裏切りと与謝野騒論にのっとれば言えないこともなし。

もっとも選挙民は、国民は、自らの非を悔いているかどうか、民主には飽き飽き、期待なし。

党中党。自民党でもありましたよね。三木降ろしの挙党協。あの騒ぎに似たるような。もっともやってる奴は小粒すぎるけど。挙党協の時は親玉は福田赳夫だったけど。小沢も参加してたはず。経験則かい(笑)。

小沢も小沢。菅も菅。どっちもどっちの処分騒ぎ。どうぞご勝手にってとこなんだけど。騒いでいるうちにどんどん落ちる支持率。内閣だけでなく民主党のも。

なんのオーラも感ぜず、何をしているのかわからない鈍感な菅。身内を束ねられないってのは指導者として失格。民間企業ならつぶれている。

以前、民主党解党の勧めって書いたけど、とにかく予算だけは通して、しかも予告しておいて解散総選挙ってのがよろしいかと。選挙やれば家出少年達は皆落選。帰る家も無くなって・・・。

「菅政権への打撃必死」「菅首相の求心力低下に拍車」。相変わらずのマスコミ常套句。そんなこと言われなくても分かってるわい。だれか気の利いた原稿書けよ。

2011年2月16日水曜日

ギブソンに胸締め付けられ

数日前のグラミー賞の発表。なんと日本人4人が授賞。あっぱれ!!

B’zって、そんなに聴いていたわけじゃないけど。松本孝弘さんて凄い人なんだ。ラリーカールトンとの競演。聴き応えありましたね。
で、はじめて知った。彼の名前をつけたギターが高額で販売されているってことを。ギブソン。懐かしい響きですな。

あのギブソンが「キューン、キュ~~ン」鳴るとなんだか胸が締め付けられるような。もっと泣かして、鳴かして・・・・。引っ張って~~~。
魅了されたサウンドです。

あのサウンドが聴きたくなって、あわてて探すCD。で、カルロスサンタナで”代用”。う~ん、鳴かす、泣かす。鳴る。響く。胸を締め付けてくるゥ。

サンタナってメロディーはどこか日本の演歌調。演歌にラテンのリズムを加えたような。しかし、あのサウンドはいけてる。ジョン・マクラフリンもそうだった。

とりあえず昨日から亭主の車はサンタナです(笑)。

上原ひとみのCDはそこそこ持っている。B’z買いにいかないと。内田光子さんのモーツアルトも買わないと。聴きたいし。

グラミー賞から波及していったサンタナサウンド。もっか30歳代前半に逆戻り。亭主の頭と耳。

2011年2月15日火曜日

不法投棄のテレビたち

事務所のアナログテレビは今日も健在です。映ってます。画面下の方に黒幕。デジタルへの買い替えスーパー出しながら(笑)。

どっかに寄稿したコラムでも随分前に指摘したんですが、エコポイントなるもので急増したテレビの買い替え。悪徳回収業者のやったことなんでしょうが、買い替えられたアナログテレビ受像機が各所で不法投棄されているそうです。多分全国では9万台くらいか。

亭主の通うゴミ捨て場にも古いテレビが捨てられたまま放置されています。長年、家族のように居間にいて楽しませてくれたであろうテレビくんが。

最近話題に上っているのが千葉や和歌山など。家電リサイクル法によって古いテレビをひきとって貰うには約3,000円ほどの費用がかかる。正常価格で。悪徳業者にかかるとふっかけらるし。出費抑える為の不法投棄も急増とか。

結果、不法投棄されたテレビを回収、処分するのは自治体の”仕事”になってくる。予想を超える不法投棄に自治体の予算は底をついてしまっているとか。

そんな実情を知ってか知らずか。国は躍起になって完全地デジ、地デジ、地デジと気勢を上げるのみ。国策の尻ぬぐいをする自治体。

そりゃ不法投棄をする国民様が悪いのには決まってますよ。だけど犯人捜しは不可能。業者による大量破棄ならどうにかなるかもしれないが。それとて金のかかること。

雨露に濡れるテレビの末路や哀れ。

これが経済成長ということか。GDP三位の国の国策ということか。国が地方に無理難題押しつける、尻ぬぐいさせる。テレビだけじゃありませんがね。ガキ手当はその典型。あげく余剰人員も。

放置テレビに見る世相。

2011年2月14日月曜日

お年玉年賀ハガキ

きのう、ようやく年賀状の整理。期待を胸に(笑)お年玉ハガキの番号照会。疲れる作業です。

で、結果。4等、つまい最下位の切手シートが14枚。貰ったハガキは600枚余り。この”成績”なんと言えばいいのか。そのうち郵便局に持っていきますがあの切手は年中は使えない。いつもやってるのが「手数料」払っての普通の切手かハガキへの交換。切手同士の交換なのに手数料とやらをとる郵便局のセコさ。なんか手数かけているのかな。

セコイと言えば、お年玉年賀葉書。いつの頃までか。最下位は5等だった。賞品もよかった。当たったことはもちろん無いけど1等なんてミシンとかテレビとか当時は垂涎の的だった商品。

しかも最下位の切手シートも当たり番号はたしか三つあった筈。いつの頃からか二つになり。

そして今は確かシートと言っても80円と50円の組合わせ。130円。昔はたしか70円切手4枚入っていたと記憶。280円。物価の変動と反比例。

みんなケチ、ケチやってればそりゃGDP3位にも陥落するさ(爆)。

きょうはバレンタインデーとか。朝、隣の3歳の女の子がピンポ~ンと。黙って差し出すチョコレートが入った袋。キティーちゃんチョコ。
「ありがとう、ゆめちゃん」って喜んで言ったら彼女が答えた。
「その中に何入っているの」。

雲間に隠れた太陽が時々申し訳なさそうにうっすら覗く。空はチョコレート色なのであります(爆)。

2011年2月13日日曜日

長寿の話し

芥川賞受賞作を読もうと思い、手っ取り早くと買ってきた文芸春秋。そこに「100歳までボケない」って聖路加病院の日野原さんの対談が。順天堂大学の白澤さんて教授と。食事・運動・生きがい。長寿の秘訣教えますって。

亭主は運動そこそこ、最近サボリ気味。食事は十分事足りている。日野原さんみたいにステーキにありついたことは最近はないけれど。野菜、十分。ブロッコリーがいいと書いてあった・・・。

そして新聞広告。その白澤さんの本紹介。長寿社会の国民的ベストセラー「100歳までボケない101の方法」だって。

おもわずつぶやく。「100歳まで生きてどうするの」。

そしてAERAの広告。死ぬまでの「不足金額」。60歳から90歳までの30年間、サラリーマン夫婦1億と。1億でっせ。そんな金どうやってもありゃせん。雑誌買って読むのも恐ろしい。

片や長寿の奨め。片や長寿の恐怖。

歴史をみても人間長生きを願ったものらしい。徳川家康も長生きだった。傍に仕えた天海僧上も長生きだった。天海さんに秘訣聞いたら「屁をこくこと」と言ったとか。

今の静岡県か愛知県のある三河の国。そこに住んでいた百姓の満平さんはまさにギネスものだったとか。

194歳の時に幕府に召されて上京。秘訣を聞いたら「足の三里への灸」と答えた。そしてなんと天保15年永代橋改修祝いでまた招かれた時は240歳。後妻は132歳。同道した長男は199歳。孫は152歳だったとか。長男や孫にはそれぞれ健在の100歳以上の妻あり・・・。

これって豊川市の資料館の中に残されている史実なんだそうです。

やはり長生きっていいことなのかな。こんなに年寄りが虐げられており、どんんどん増えて行って国家財政を圧迫しているのに。

どうすりゃいいのか。なんだかわからぬ長寿話し。

2011年2月12日土曜日

時は流れて~~~

往時ヒットしたニューミュージックの曲。「学生街の喫茶店」。ガロ。その曲の最後の決めの歌詞が「時はながれて~~」。

いやあ、びっくりしました。今日の朝日新聞の閉じ込み。「BE」。歌の旅人って企画だったか。この曲が取り上げられていて、その喫茶店のモデルがどこだとか。お茶の水に絞って。

なんとモデルでは決してなかったと思うけど「画廊喫茶ミロ」が大きな写真で紹介されている。たまらく懐かしい、懐かしい。
いえね、亭主は学生時代、この喫茶店でバイトしていたんです。夕方から夜中まで。練習とバイトとどう両立させていたのかは記憶にないのですが。一日500円。

写真で見る店内。昔と変わったような変わらないような。客は明治大学の学生が多かった。記事によると今は客は学生よりも昔の学生だとか。三島由紀夫が常連だって書いてあるけど会ったことはなかった。

母と娘と二人でやっていたけどおかあさんは亡くなったとか。結婚した娘さんがやっているらしい。写真の奥のカウンターに見える白髪のおばあさんがきっとあの娘さんだ。

記事にはお茶の水界隈の喫茶店の名前が次々と。大半を覚えている。名曲喫茶だったりした、丘・田園・ウイーン・・・。

なんで「ミロ」でバイトすることになったのか。中学の友達で明治に行った吾郎ちゃんの紹介だったと。日給500円。夜11時閉店。便所掃除して電車に飛び乗り。初台で降りて駅前のラーメン屋に駆け込む。なにせまかないなんてなかったし。その毎日。一時期。

ガロのこの曲が流行ったころ、思い浮かべたのはもっと小川町寄りの店だった。一日中ナットキングコール。それかハワイアン専門の店。作詞した山上路夫さんはモデルの店は明かしてないとか。きっとこの「ミロ」が当時から存在している唯一の店だったからでしょうか。

とにかくびっくり。今度上京した時は寄るぞ。生きてるうちに一回行っておかないと。そう、どんな様子になるのか邂逅。

まさに、時は流れて~~ってことなんでしょうが。枯葉が舞う季節ではなく、今日は雪が多く舞っています。

2011年2月11日金曜日

格闘中なのです

ドコモのスマートフォン、ギャラクシーSに替えてから一週間。「格闘」が続いています(笑)。

とにかくなれない。勝手が違う。片手で操作は無理。タップっていうのかタッチっていうのか、指で触る作業がうまくいかない。特に電話帳番号探し。隣や上、下をタップしてしまい。危うく電話のかけ間違いも。いちいち確認しないと。

写真を撮ればブレるし。

で、とりあえず電話とメールをほぼ完璧にマスターしようと。あとはツイッターの覗き見(笑)。

それから次のアイテムに進もうかと。そう思いながらスケジュール書き込んだり、グーグル検索やってみたり。パソコンの方が早いのに。

携帯やめてからから亭のページをいじくりまくり。デザイン替えてみたり。これも格闘中。アクセス数を見てみたり。

こんなことやってる場合じゃないよ。締め切り迫ってますよ。
これからIT機器は横において原稿と格闘しないと。

建国記念日、亭主は三大格闘技中。(爆)。

2011年2月10日木曜日

白鵬の眼は泳いでいた

大相撲の八百長騒ぎは、もう、書くのがためらわれるんですが。なんかマスコミと同じように見られてしまうのも嫌だし。どうでもいいんですが。

昨夜のテレビの報道番組だったか。横綱白鵬の「会見」。八百長に関する質問に答えて曰く。「ないとしか言えないじゃないですか」。なんたる微妙な発言。まさに”伝統文化”の担い手らしい、日本人より日本人らしい”惻隠”のある発言。その発言の前には答える時の眼が完全に泳いでいた。うん、こいつは正直もんだと思った次第。

この騒ぎ、当店へのコメントも、またメールで感想を寄せられた友人もありで、またもや書いてしまった次第。

白鵬の表情や発言から読み取れるもの。「八百長があるのは知っていた。しかし、自分はやっていない。少なくとも自分からは持ちかけていない」とでもいうことか。決して間違った日本語を使ったわけでもなく、言い回しがわからなかったわけでもないと。

この「会見」をどう見るか。白鵬の苦悩と捉えるか、正直に実態を出来る範囲で伝えようとしたとみるみるのか。スポーツ紙でも別れるところ。

早速この発言が親方衆の間では問題視されているとか。横綱に「痛いとこ」突かれたってことか。角界で八百長を知らない人はいないはず。やったかどうかは別にして。

金の行ったり来たりは論外なれど、人情相撲や片八百長など、星を借りた、貸したって世界でのスポーツ競技。

スポーツと興行と見せかけ神事の二等辺三角型で成り立っているのが大相撲。

白鵬の発言で十分。観客の皆さんも「そんなもんだ」と思って観戦してみてはいかが。でも多分庶民はみんな肌感覚で知っていながら楽しんで来たのでは。

貸した、借りたは人類の永劫の風習。まして「情け」の貸し借りは、見方によっては美談にも。

からから亭、独り相撲の”論評”に疲れました。(爆)。

2011年2月9日水曜日

無駄、無意味

事務所に来るとポストからはみ出しているチラシの数々。寿司屋かピザ屋から始まって・・・。必要な郵便物が埋没している。
殆ど見ないでゴミ箱へ。すぐに一杯になるゴミ箱。

新聞の折り込み。以前よりは減ったようなものの、不動産物件物や家電量販店の物など。絶対買わないもののチラシ。そしてスーパーのなんとかデー。

切ってメモ代わりにしようにも両面印刷。紙が良すぎて便所紙にもならない(笑)。

読まれないチラシや哀れ。

聞くところによると資源回収でもチラシの類は困るとか。新聞紙なら古紙回収、リサイクルってことらしいけど。

燃えるゴミの袋の中へ。かくてゴミが増える。生ゴミではなく紙ゴミが。

大いなる無駄、資源の無駄。
そして無意味とさえ思える広告手法。寿司の出前はとらないよ。ピザの出前もとらないよ(爆)。

紙資源の無駄遣い。燃やされるゴミ。一枚5円で半ば強制的に売られる買い物袋、レジ袋。駅中食品館ピボット。エコの名の下に。紙と石油精製品では出る一酸化炭素の量が違うってことなのか。レジ袋、買い物袋は再利用可能。チラシは無理。鼻もかめない、尻も拭けない。

無駄排除と無駄横行と。身近に気づく変な光景。

2011年2月8日火曜日

力士に群がる”衆”やあはれ

大相撲八百長問題。これ以外に話題はないのかと言いたくなるくらいに連日の報道。画一的報道、画一的解説、コメント。まるで鬼の首をとったような集中取材、集中報道、ヒステリックな非難、非難。けしからん、けしからんって。

前にも書いたけど大相撲に八百長が無かったなんてシラ切って言ってる人、どういう神経してるんだい。八百長が良いとは決して言わないけど、当たり前と思っていればそれでいいこと。興行なんですよ。国技なんて言ってるけど。

この件に関してだけは石原東京都知事に一票。以前も八百長を書いて物議をかもしたけど。「当たり前としてあった。その前提で楽しめば良い、フアンは」。

八百長に関しては「寛容」であった時代もあったし。今のような時代になってマスコミこぞってけしからん、けしからん報道。国民全部がそう思っているような報道ぶり。これじゃとてもじゃないが場所は開けない。言い訳程度に残念がる人の声を電波に乗せたりしてるけど。

それにしても、大相撲だけじゃない。他の事件でもそうだけど、なんであれだけ大勢の報道陣と称する衆が群がってくるのか。

力士一人一人つかまえてマイク突き出し、大声で「何か言え」みたいな。これも取材って言うんでしょうけど、取材じゃないよ。自分の大声、詰問調の怒鳴り声を電波で流して何だっていうの。「ボク達、ワタシ達頑張ってます」って事かい。デスクに対する”証拠開陳”かい。群がる輩がなんか哀れにみえてくる。

一般的に言えば取材という名の”暴力”。なんか一言、一言って。もちろん政局時に小沢に群がる輩とて然り。囲まれてなんか言うわけないでしょうに。

売り上げ悪く、コスト削減なんて大声で言われているはずのマスコミ。でも、まだ人は余っているかのよう。

石原慎太郎が八百長を書いた時、横綱審議委員長やっていた作家の舟橋聖一はこう言ったとか。「相撲には物の哀れってのがあるんだ」と。名言ですな。で、慎太郎も矛を収めた。

しょっきり相撲だって観客は喜ぶ。どんな八百長が展開されるのかって思って見るのも一興。観客はその程度の「寛容」さを持っているかも。

知らぬ存ぜぬの親方衆の態度にも合点がいかぬ。相撲記者の腰抜け節穴ぶりも情けない。知っていたにも拘わらず。いつしか正義の味方。

タイガーマスクにうつつを抜かしたかと思えば、八百長有れば全員一斉に正義の味方。話題にならないからタイガーマスクは消えちゃったかのよう。

追及すべき巨悪はもっと他に有りかと。

2011年2月7日月曜日

お金に好かれる10ヶ条

昨日の続きです。「居酒屋アクセサリー」。居酒屋のトイレの神様はどうやらお金に関するお話しもお好きなようで(笑)。

で、お金に好かれる10ヶ条ってのもありました。

1,財布の中でお札の向きを揃える。これはけっこうやってます。何せA型(笑)。
2,小銭をチャリンチャリンと音を立てる。これ、イマイチ理解出来ず。
3,1万円を払うときは声をかける。いってらっしゃい。はい、きのうから実行中です。お店の人に変な顔され、「はッ」て聞き返されました(笑)。
4,お金を引き出した時も声をかける。お帰り。さっき事務所の電気水道料金の支払いへ。途中、ATMでお金引き出しました。でも、お帰りコール忘れた(笑)。
5,お金を呼び捨てにしない。う~ん、なんて呼べば良いんだろう。一円さまってか(笑)。
6,お札のシワをのばしてあげる。はい、これも時々やっています。
7,大好きな本の間に1万円札を挟んであげる。これ、昔やりました。百円札で。そのうちどの本に挟んだかわからなくなって、どっかに行方不明(泣)。
8,お札を持つときは指先より手のひらで。これもわからん。今、手のひらに乗せているのはスマートフォンのケータイ(爆)。
9,落ちている一円玉は必ず救ってあげる。はい、これも習慣でやっています。救ったかどうかはしりませんが、拾います。一円を笑う者は一円に泣くって教えられてきましたから。
10,トイレの蓋を閉める。納得、これだけを解って貰うためにいろいろ並べたんだ(笑)。蓋を閉めない輩が多いからなんだ。

昔、男性用のトイレには「金隠し」ってのが付いていた。縁に。洋式トイレじゃない時代。居酒屋さんも男性用には金隠しトイレつけて「金」を隠してくれればいいのに。好かれるかどうかは別にして隠してしまえば出て行かない。じゃ、無銭飲食になっちゃうか。

お粗末でした。「よーく考えよう、お金は大事だよ。ニャフラック」。招き猫は千両小判を首からぶらさげてる・・・。それに、蓋を閉めた位ではベッピンさんいなれない(爆)。

2011年2月6日日曜日

「トイレの神様」居酒屋編。

きょうは完全に二日酔いです。おとといの晩は塾で深更まで飲み。昨日の朝もいささか二日酔い傾向。夜は新樹会。懇親会のあと若い衆二人とついつい二軒。ホテルのラウンジから立ち飲み風居酒屋へ。

この居酒屋。前から気になっていたとこだけど、なかなか乙。室内は焼き物の煙と匂い充満。おいてある酒はなかなかのもの。店員の応対もよろし。

トイレに行ったら「トイレの神様」(笑)がいて。いや、御託宣のようなものが大書されていて。思わずそれを書き写す亭主(爆)。

楽しむ仕事とは…編。しごとが「私事」になると自分が優先になる。しごとが「子事」になると考え方が子供っぽくなてやる気がなくなる。しごとが「止事」になると、やってることが止まってしまう。だから、「しごと」とは、こう考えよう。

「支事」。人を支えて誰かの役に立つ。
「師事」。模範となるような生き方をして世の中を明るくする。
「志事」。こころざしを持ち、周りの人や社会に尽くす。
みんながこう考えると仕事は楽しくなる。

そういえばトイレから出て来たサラリーマン風の若いお客さん。みんななんとなくあかるそうな顔してたっけ。酒席の会話も前向きだったような。いや、それとなく聞こえてくるだけですが。

単なる言葉遊び、文字遊びであり、トイレの中の相田みつをと同じような「居酒屋風アクセサリー」なんですが、酔眼朦朧爺さんも思わずしかと読んでしまいました。

二日ぶりに風呂。なんか酒に名残あり。湯上がりに頂戴した焼酎ロックを二杯。その後は記憶無し。ゲンキと寝たのかどうかも。

薄曇りの朝。頭は重い、眼は見えない。だけどからから亭は営業しちゃった。だってこれは「しごと」だもん(笑)

2011年2月5日土曜日

だから若者は面白い

昨日は粒々塾。白河のリゾート施設で一泊で。
亭主の話は「これからのテレビの話をしよう」というお題目。意を尽くせたかどうか。

元テレビ屋だからって訳じゃないんでしょうが、当然知っていると思うようなことを若者達は知らなかったり。
もっともデジタルの仕組みなんて知らないのが当たり前かも。

テレビはどうあるべきか。みんないろんな意見を出してくれました。つまらないお笑い番組が多すぎる。伝えられる情報が画一的だ。子供も今のテレビはつまらないと言っている。ニュースの一斉報道に違和感がある等々。

広告費減少。制作費切りつめ。番組の内容も粗末になる。そんあ”負”の連鎖でまとめたり、テレビ屋の独善を指摘したりしてきましたが。

メディアリテラシー能力の涵養を訴えてきました。

だいぶ遅くなってからの懇親会。ゲームが用意されており。紙に9つサンズイの字を書く。それを一人ずつ言っていって全部当たれば正解って。ダメだった人には罰ゲーム有り。なんらカネをかけないで楽しく遊ぶ術を心得ている。亭主はまたもや運悪くじゃんけんにも負けて罰ゲームの対象に。やらされたのはすっぱいものの一気のみ。とにかく酸っぱかった。

辛い物を食べさせられた人は涙目だった。とにかく爆笑、爆笑。

終わって一つの部屋で二次会。話が弾むこと弾むこと。つい亭主も最後までお付き合い。気がついたら午前2時でした。
明け方小用で目覚め。家と勘違いしてトイレ探し(笑)。なにせ外泊嫌いの亭主。でも楽しかったです。若者は面白い。

飲みながらの若者研究(爆)。

携帯電話が不調。メールの送受信ならず。スマフォ族は初日にして完敗(爆)。さっき直して来ましたが。ドコモショップ行って。

この懇親会、どうやらからから亭亭主の誕生祝い会も兼ねていたようで。塾生から思わぬプレゼントまで戴いてしまいました。携帯で苦難味わい、お祝いで感激味わい。

お疲れモード最高潮なるに、これから福島新樹会の例会。きょうはお勉強をさせていただきます。講師の話の間に寝ないようにしないと。

2011年2月4日金曜日

スマフォ族になってしまった

世の中、言葉の簡略化が当然といったご時世。スマートフォンはスマフォと呼ぶらしい。

おっちょこちょい、新しい物好きの亭主の悪癖がまた出て。

本日、スマフォ族になってしまいました。NTTドコモのギャラクシーSって機種に変更。ポイントなどがあって費用はほとんどかかってないのですが。

データ移行に時間かかったりなんだりでドコモショップに滞在すること3時間余り。はい、疲れました。そして使い方はさっぱり。電話とメールの受信はOKですが未だ送信には挑戦しておらず。

これからしばらく慣れるまでは難行苦行。ボケ防止の範疇こえている。機械音痴のくせにと半分自分を呪いながら(爆)。

今日は泊まりがけで塾。塾生の大半がスマフォ。ほとんどリンゴ系ですが。
塾生に習いながらお勉強しようっと。

弟に「お前バカだね」って怒られそう。だけど以前のが壊れかけていたんだから。

携帯電話の「政権交代」。吉とでるか兇とでるか(爆)。

2011年2月3日木曜日

日本人は八百長がお好き

大相撲の八百長事件。警視庁があばいたメールの解析。天地がひっくりかえるような大騒ぎ。相撲ジャーナリストって人達やコメンテーター、スポーツライターなんて人達はよってたかって悲憤慷慨。泣きたくなったなんで口角泡を飛ばす。

見ていてなんか滑稽。民草の多くは相撲に八百長あるって思っていた。思っている。だから「やぱっり」って思い。

きついこと言えば、八百長相撲が無かったなんて思っていた相撲ジャーナリストなんて、取材不足ってことじゃないの。今更偉そうに正義に味方なんて格好付けて。

八百屋の長兵衛さんも伊勢の海年寄りもなんというやら。「俺たちの歴史が受け継がれている」とでも思っているかも。

八百長は何も相撲だけにあらず。大きく解釈して筋書き、演出ってみればプロレスだってそう。プロレスフアンはその筋書きを楽しんでいた節あり。
かつては野球でもあったし。

欧米でもサッカーなどで八百長あり。審判の疑惑だってそう。八百長って訳す英語だってあるとか。fixed machi。a put- up job。

国会だってそうだった。強行採決にはじまって、寝たとか起きたとか。収拾まで含めて国対がつくる筋書き。これだって八百長でしょ。取材記者はけっこう知っていた。政治家も教えた。

マスコミだって”八百長関連用語”お好き。「水面下の攻防が・・・」。こんな記事多数。常套句。水面下、見えないとこで落としどころ探る。これだって一種の”八百長”じゃないの。

その他諸々。八百長って類のこと多すぎ。衆院予算委員長もメールがお好きらしいし(笑)。

相撲は興業なんです。エンターテイメントなんです。何でもありなんです。そう割り切らないと。心有る関取衆には申し訳ないが。

2011年2月2日水曜日

マグマ

宮崎県の新燃岳の噴火はきょうもつづいています。テレビでみる惨状。灰の中の暮らし、避難所での集団生活。亭主はとても耐えられません。もちろん鹿児島県へも影響でているんでしょうが、口蹄疫、鳥インフルと自然災害ともいえるものがなんで宮崎に集中するの。

この国の成り立ち。高千穂の国だから。天孫降臨の地だから。そんなわけあるまいけど。

マグマという自然現象の為せる業だとか。たまったマグマはいつかは放出する。大きなエネルギーとなって。まざまざと見せつけられるマグマの脅威。近くにあるもの全てを破壊する勢い。

なにせ日本は火山列島。いつ、どこの山が噴火してもおかしくない。マグマと共存してるってことか。

古代文明発祥の地。エジプトでは民衆の怒りのマグマが爆発している。スフィンクスの力、魔法をもってしても抑えられない。政治に対して溜まりに溜まっていた不満の爆発。

我々だって小さなマグマをかかえている。生活の不安、政治への不満。大きなマグマとなって爆発する、爆発させるエネルギーはないものの、いつどうなるか。

60年代に流行った漫画、映画。マグマ大使。手塚治虫の描いた主人公は強くて優しくて憧れだった・・・。

そして、亭主のマグマは・・・。

2011年2月1日火曜日

雪の日ボクは生まれた

2月1日。朝起きると銀世界。雪が降り、雪が積もり。もちろん豪雪に泣く北陸や日本海沿岸、会津地方などの比ではありませんが。

からから亭亭主は2月1日の雪の降る日に生まれたそうです。それも大雪だったとか。母親から聞いていました。奇しくもきょうはそこそこの雪。

雪景色は不思議な感覚にとらわれるものです。なにもかもが消されていくかのような。

玄関前に積もった雪。雪かきやめました。腰がまだおもわしくないし。腰と言えば、年のせいという人もおり。何をおっしゃる。まだまだ。とはいうものの、まるで雪の中に迷い込んだように、これからの人生の歩き方がまだわかっていない爺さん。毎日迷っている。困ったもんだ。

昔、大阪出張時、よくモーニングセットを食べに寄っていた喫茶店。そこのオカミサンがくれた紙。まだ覚えています。

「50,60、鼻たれ小僧。70,80働き盛り。90になって迎えが来たら100まで待てと追い返せ」。

どっかの”高僧”の書いたものらしいのですが。

亭主が生まれたのはなんと大阪。生まれて少しだけ滞在だったとか。親の都合だったんんでしょうね。どこかに浪速のど根性でも秘めてればいいのだけど。

年をとるといえば、今日から道交法改正。70歳以上はクローバーマークつけることお勧めだとか。

なんで世の中って一律に年齢で線を引くの。就学時もそうだったから仕方無いと言えばそれまでだけど。いろんな70歳がいるはず。いろんな80歳がいるはず。

あらら雪がやんだみたいです。太陽が顔を出している。北陸にも同じような気象が来てるといいのだけど。あの豪雪。それこそ70歳代、80歳代でも懸命の雪かき。みんな懸命に生きている。