2011年11月30日水曜日

6万人がいなくなっている・・・

福島県人で他県に避難した人がついに6万人を超えたという。そして県内には9万人の原発難民がいるという。

15万という人が、自分の住む、本来の家を持たない。持てない。哀しく辛い現実。

帰還のための一番の対策は除染といわれているが。除染活動は試行錯誤、暗中模索。

そんな折、またもセシュウム線量高い米が。伊達市。「安全宣言は何だったのだ」。農民は諦めたように淡々と語る。

「もう検査は県や国に頼っていてもしょうがない。我々生産者自らがやるっきゃない」。知り合いの農業に携わる若者。国も県も信用出来ないと怒る。

昨日ネットで見た通信社の配信記事。以下引用。
「 政府は29日、福島県伊達市の旧小国村と旧月舘町で生産されたコメから、国の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出されたことを受け、原子力災害対策特別措置法に基づき、出荷を停止するよう福島県に指示した。藤村修官房長官が同日午後の記者会見で発表した」。 
この記事どう読みますか。出荷停止は小国と月舘。なのに、取りようによっては県内産の米全部が出荷停止とも読める。出荷停止の前に、せめて同地域のという数文字を入れて欲しい。
悪意はないだろうが、こんな記事が風評被害の温床ともなりかねない。

内部被曝はあるのかないのか。外部被曝とどっちが怖いのか。相変わらず専門家の意見は分かれたまま。それぞれが考えて行動するしかないと。
ならば素人で。3人寄れば文殊の知恵ではないけれど、いい知恵がうかぶのかどうか。でも、それしかないかも。一人や二人の専門家の意見よりも、10人の素人の意見の方が正しい場合いだってありうる。「一般意志」の方が。
今年ももうあと1カ月。原発事故対策はこれからが正念場。確たる展望のないまま、木枯らしの中での“闘い”が続く。

家を失った多くの民。家族が離れ離れになっている多くの子供たち。テレビがやっている「ミシュランガイド」星話。
距離感はますます広がる。苦しさや辛さをバネにしてはいあがらなければならないのだけど・・・。
安全宣言を高らかに言った県知事。あれはいったい何だたんだい。依然彼からは何も声が聞こえない。

6万人がいなくなっている・・・

福島県人で他県に避難した人がついに6万人を超えたという。そして県内には9万人の原発難民がいるという。

15万という人が、自分の住む、本来の家を持たない。持てない。哀しく辛い現実。

帰還のための一番の対策は除染といわれているが。除染活動は試行錯誤、暗中模索。

そんな折、またもセシュウム線量高い米が。伊達市。「安全宣言は何だったのだ」。農民は諦めたように淡々と語る。

「もう検査は県や国に頼っていてもしょうがない。我々生産者自らがやるっきゃない」。知り合いの農業に携わる若者。国も県も信用出来ないと怒る。

昨日ネットで見た通信社の配信記事。以下引用。
「 政府は29日、福島県伊達市の旧小国村と旧月舘町で生産されたコメから、国の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出されたことを受け、原子力災害対策特別措置法に基づき、出荷を停止するよう福島県に指示した。藤村修官房長官が同日午後の記者会見で発表した」。 
この記事どう読みますか。出荷停止は小国と月舘。なのに、取りようによっては県内産の米全部が出荷停止とも読める。出荷停止の前に、せめて同地域のという数文字を入れて欲しい。
悪意はないだろうが、こんな記事が風評被害の温床ともなりかねない。

内部被曝はあるのかないのか。外部被曝とどっちが怖いのか。相変わらず専門家の意見は分かれたまま。それぞれが考えて行動するしかないと。
ならば素人で。3人寄れば文殊の知恵ではないけれど、いい知恵がうかぶのかどうか。でも、それしかないかも。一人や二人の専門家の意見よりも、10人の素人の意見の方が正しい場合いだってありうる。「一般意志」の方が。
今年ももうあと1カ月。原発事故対策はこれからが正念場。確たる展望のないまま、木枯らしの中での“闘い”が続く。

家を失った多くの民。家族が離れ離れになっている多くの子供たち。テレビがやっている「ミシュランガイド」星話。
距離感はますます広がる。苦しさや辛さをバネにしてはいあがらなければならないのだけど・・・。
安全宣言を高らかに言った県知事。あれはいったい何だたんだい。依然彼からは何も声が聞こえない。

2011年11月29日火曜日

吉田所長の退任

第一原発の吉田昌郎所長が「病気」で入院。職を退いた。ショックである。
原発事故の収束。それに向けての手探りの状況が続いている時に。

たまたま事故の時の所長であったが、テレビで見る彼の風貌や言動。そして、伝えられる、例えば海水注入などにみられた反骨精神。彼からは強いリーダーシップを見てとっていたのに。

事故現場を束ねる指揮官として、大方が評価していただろうに。

健康診断で「病気」が見つかったという。そして入院したという。短期間で入院せざるを得ない病気だったのだ。

病名や被ばく量について、東電は「個人情報だから明らかにしない」と言っている。病気と被ばくとの因果関係はないと思うというようなことを言っている。

報道はその発表の垂れ流しのみ。

入院する前の記者会見で彼は自分の被ばくについて、「かなり被ばくしていると思います。数値は言えませんが・・・」と笑いながら言っていた。

病名や被ばく線量。東電は明らかにすべきである。しなければならない。個人情報云々のケースではない。
なぜなら、他の現場作業員についても言えることなのだから。

ここまで来てまだ一種の「隠ぺい」をはかる東電の体質。

政治家もダメ。県知事もダメ。リーダーがことごとくいない現状にあって、唯一期待されていたリーダーを失う。福島県民にとっては大きな痛手だ。

職を辞さねばならないような病気。大方の人は被ばくとの関係を疑う。あの屈強な男が病む被ばく量とは。そうであるのかないのかはっきりさせねばならない。東電だけでなく国としての責務でもある。

想像するに、現場の作業員たちにも動揺が走っていることだろう。被ばくによる「病気」ではないにしても、強いリーダーを失ったことによる士気の低下。

20キロ30キロ圏内含めて、避難民も含めて、いわば「捨て身」の覚悟で事故処理に当たっている3,000人の作業員が頼りなのだ。

単なる「病気」だけだったら、彼は職を自ら辞すことを避けたと思う。彼の双肩にかかっていたものは大きい。それを自覚している人と見えたから。

だから勝手に思ってしまう。本社や政府の意に沿わない言動や行動を続ける彼に「病気療養」を口実に退任を迫ったのではないかとも。

新所長は事故発生時の現場の空気を知らない。「死ぬかと思った」。そう“覚悟”した吉田所長だから、その後の様々な困難な対応が出来たのではないかと。

半月間、現場には所長はいなかった。これもある意味驚愕の事実。

吉田所長が作業員に充てた「お詫び」文書に込められた意志を受け取り、現場で働く人たちの奮起を願うのみ。そして健康を。作業員の被ばく管理、もっと徹底的にやる必要あり。

東電はもう失うものは何も無いはず。

彼の復活を祈る。

とりあえずマスコミは「スルー」したようだけど、今週発売の、次週発売の週刊誌は、あることないこと書きまくるだろう。風評をあおりたてるだろう。

それらによる人心のかく乱。それを阻止するためにも東電は全てを「公開」すべきなのだ。吉田さんほどの人、個人情報の開示を拒むわけはないと思うのだが。

2011年11月28日月曜日

大阪と福島と

大阪のダブル選挙。維新の会が圧勝。新しい知事の知名度は低く、新しい市長の名前は全国区。市長が知事をリードして「大阪都構想」なるものを実現させるとか。

この都構想、大阪の人もよくわかっていない。TPPのように。ダブル選挙、要は「人気投票」だったのか。大阪府民、大阪市民が強いリーダーを求めたことの結果か。「独裁」を標榜しても、それを「否」としないほどの閉塞感が大阪にあったということか。

もし「独裁」が敢行されたら誰がチェックする、阻止するってマスコミは言っているけど、それはあなた方のお仕事でしょ。

強いリーダー。やはり時代の要請か。今朝の週刊誌アエラの広告にあった。
「ブータン幸せ、大阪府市合わせ」。なんか久々合点がいくコピー。幸福度最下位だった大阪。橋下くんがわめいていた、それからの脱却。「府市合わせ」で幸せ度上がるのか。

大阪にも福島県から「避難」している人たちがいます。住民票移してないから選挙権はないけれど、この選挙どう見たのか。どう思ったのか。なんでもいい、大声で物をいうリーダーが欲しいと思ったか。

伊丹空港から大阪市内につながる高速道路。大阪市内の中心部に行く時降りるインターチェンジは「福島」。大阪にも福島という地名がある。彼我の「福島」の関係は知りませんが・・・。

昔から大阪は「商人の町」と言われてきました。「大阪商人」。その商人たちが選んだ新しい政治体制。全国にどう波及していくのか。既成政党はその存在意義を問われているのか。早くも大阪にすり寄る魑魅魍魎的な政治家たち。

今朝の朝日歌壇。「福島を“負苦島”にして冬が来る 汚染されたるまんまの大地」。福島市の人の投稿。苦しみを背負った島か・・・。

「不苦島」にならないかな。苦しみの無い島。無理かも。浮かんでくる四苦八苦の言葉。八苦の一つ。求不得苦。求めても得られない苦しみ。

被災地には四苦八苦がすべて「存在」している。生老病死からはじまって、愛するひとと別れなければならない苦しみ、愛別離苦まで。

あ、通販生活買ってきました。なんと180円。読み応えあり。しかも付録付き。安い、安い。つまらん週刊誌買うなかれと(笑)。読破には数日かかりそう。

2011年11月27日日曜日

「被災者に元気をもらう」ということ

今夜はサッカーオリンピック最終予選のシリア戦。勝ってほしいけど。

そろそろ終わりに近づいたJリーグ。ベガルタ仙台が5位以上を確定させたとか。リーグ開始時は11戦連勝だった。J2に降格していたチーム。被災県のチーム。

かつての友人にネットのハンドルネームを「ペガサポ」と付けていた人がいた。
初めは何のことかわからなかったが、書いている内容を見るとサッカーのことがほとんど。そこで判明。ベガルタのサポーターの略だったことが。

J1チームーを持つ仙台が羨ましいと思ったこともしばしばあり。野球の楽天もあるし。こっちには何にもないや(笑)。

そのベガルタ仙台の監督が言っている。被災した選手もいる中で、全力を引き出すことは難しかった。そのためにしたことは被災者との触れ合い。瓦礫を片付けたり、子供たちと球をけったり。「立ちあがろうとする人の姿を見たら、元気をなくしてる場合じゃないと思った」と選手達は思ったという。

被災した人達に元気を貰う。貰った。このサッカー戦手達。もちろんベガルタだけではなく、他のスポーツ選手も、慰問に行って逆に励まされてきたと感じた人達・・・。

多分、ボランティアに行った人達もそうだったんじゃないかと思う。避難所に行ってその実態を見て、励ましに行ったのが逆に、まさに逆境にある人からもらってきたものが多いという。

励ましとか元気とか。強者が弱者に与えるものではない。むしろ弱者からもらえるもの。

被災者、避難民。「可哀そうな人」という一語でくくる向きもある。たしかにその生活は気の毒の一語に尽きよう。しかし、一語で括っての弱者や被災者ではない。
その中に身を置いてみると学ぶことがいっぱいある。「俺なんかまだまだ恵まれているのに」。そう思うともうちょっと何か出来ないかと考えたりする。

ベガルタの監督は言う。「リーグ戦が終わったら、選手を集めて被災地に行きたい」と。

絆というものがあるのだとすれば、たぶんこういうことなのかも。

被災地の人の力は実は凄いのだぞ。そうかんじる時がしばしばある。そして、改めてそれを実感した次第。

原発被害農家の人が語っていた。都会に住む人達に訴えたいこととして。「食べ物も労働力も電力も、みなさんの生活は福島や東北によって成り立っていることに思いをはせてほしい。私たちは長い時間をかけて冷害を克服しながら、何とかここまで農業を築き上げてきた。荒れてしまったこの農地を見てほしい。せめて、事故がもたらしたこの状況を皆で共有しよう」。

これからのキーワード。それは「共有」なのだとこれまた再認識。

2011年11月26日土曜日

スイミングだ~~~

さっき隣の子供とぱったり出会い。
「マナト、どこ行くの?」
「これからスイミングだ~~」。嬉しそうに可愛い笑顔で。

そうか、きょうは土曜日だ。学校休み。市内のプールに行くらしい。
なんたって子供は身体を動かすのが一番。運動しないと発達も送れるし、運動不足によるストレスの影響大とか。

大気を吸えないのは気の毒だけど、思いっきり身体を動かして来い。

今、郡山市では、いや福島市でもそうだけど、子供の運動不足が深刻な問題。
子供がストレス抱えると親にも“伝染”する。
家の中ではゲーム機で遊んでいると言ってたけど。小学校2年生、震災前は家の周りで飛び跳ねていた子。

子供のための遊び場。徐々に作られ始めています。どっかの調査では福島県の子供の発育が大幅にダウンしているという数字あり。もしかしたら放射能以上に大きな影響あるのでないかとも。

大型遊戯施設が大手スーパーの協力で3億円かけて来月完成予定。トランポリンのようなものから始まって砂場まで。

子供の歓声と笑顔は大人に力をくれる。

子供を連れて「避難」するのも結構。しかし、この地に踏ん張らねばならない人が大多数。この地で大人が子供を守る術は。

思いっきり遊ばせること。

子供が泳げるスイミング施設があってよかった。遊ぶ施設が出来つつsるのがうれしい。

そういえば亭主。震災前までは時々スポーツジムに通っていました。ジムとプール。プールでは20分ほど歩き・・・。

震災後行かなくなりました。一回行ったのですが、館内に漂う雰囲気の違和感。
会員さん同士で交わされている会話の違和感。そんなこんなで先日決意。休会届を出してきました。まったく無駄に引き落とされていた月会費。

運動不足は亭主の健康を“直撃”しているようです。筋肉は無くなり、体調すぐれず。腹が・・・。散歩と家でのストレッチだけでもすればいいのでしょうが。なにせものぐさ(笑)。隣のマナトにくっついてプール行くわけにもいかず。

生活のリズム改めないと。

2011年11月25日金曜日

「通販生活」が凄いらしい

亭主はいわゆる「通販」で買い物をしたことがありません。従って、いわゆるカタログ誌とは無縁であります。たまにいきなり送られてくるのがあっても無視。

テレビはいわゆる「テレショップ」。通販みたいなものが相変わらず“全盛”。BSなんてどこを回してもテレショップ番組ばかりの時も。

テレショップ番組にいささか疑義をはさんでいる広告評論家、コラムニストの天野祐吉さんが先日書いていたコラムで、カタログ雑誌「通販生活」を褒めていた。絶賛に近い。通販雑誌なのに、まさにジャーナリズムであると。

そういわれれば時々テレビのCMで目にしていた「通販生活誌」のCM。「わたしも通販生活しています」と著名人が登場してたっけ。

その通販生活誌の「通販生活 秋冬号」のCMをテレビはOA拒否したと天野氏が批判。

なぜか。表紙に書かれた「原発国民投票を」というにがお気に召さなかったらしい。テレビ局の。

新聞の論壇時評という欄で、作家の高橋源一郎さんもこの通販生活誌を取り上げている。この秋、もっとも充実した「論壇」誌だと。

「原発国民投票のための勉強」という記事があって、いろんな人に原発震災について語らせているとか。そして、ここからがミソ。「電気をつかわないかまどご飯」が巻頭特集であり、次の特集が「脱原発時代の暖かい暮らし」と銘打って、「窓から逃げる暖かい空気を遮断するカーテン」の紹介や、「メイド。イン・東北」で売っているのは「気の毒だから買ってあげよう」ではなく「品質にこだわって選んだ東北の品々」だとか。

論壇誌以上に「ライフスタイルの提案」以上の何かを感じるものがあると作家は指摘している。そして曰く。「テレビにCMを拒否されるのは最強の論壇誌の証明と。

この通販誌の「センス」凄いですね。通販誌をあなどってはいけないのかも。

早速本屋に聞いてみました。この本あるかと。在庫ありですとの返答。よし、なけなしの財布はたいて、昼飯代カットして通販生活誌買ってみないと。

記事を読んでカタログ見て、つい何か買ってしまうかな。そこは自己抑制(笑)。
読んでみたくなった、見てみたくなった通販誌。

でも、いつから通販誌って誕生したんだろう。経済成長の真っただ中で産声あげたものだったのかもしれない。そして時代を経て「買い物難民」が続出する当世。通販誌の存在も見直されてくるのかな。

やばい。ちょっと入り込んでいる(笑)。

2011年11月24日木曜日

「無主物」

無主物。誰の所有にも属さないものを言う。ごみ置き場に置いてある新聞紙などを廃品回収業者が持ち去ることは、民法に規定されている無主物先占の考えにより、持ち去りはいけないとされている解釈もある。。ゴミは誰のものかという議論や法律の判断。ゴミは無主物であるという考え、つまり占有している人はいないという考えと、処理業者が持っていくまで、一時的に手を離れているものであり、無主物ではないという考えも。

すみません。面倒くさい理屈っぽい話で。

原発事故で飛び散った放射性物質は「誰のものか」。東電は「放射性物質はもともと無主物である」と言う。飛び散った放射性物質は「所有」していないという。

ゴルフ場に飛び散り、ゴルフ場を汚染した放射能。それはそのゴルフ場の土地に付着してしまっているのだから、自分たちのものではないと主張している。

除染を求めたゴルフ場の訴えを裁判所は退けた。

ゴルフ場で池ポチャしたボールはそのボールを打った人が所有権を放棄したものとみなされ、ゴルフ場の所有物となる。
自販機で取り忘れたお釣りは無主物ではなく、自販機の管理者が所有するもの。だから「お釣り泥棒」は犯罪となるとか。

今後、原発事故を巡っての裁判はたぶん多発していくでしょう。裁判所の力量が試されます。

既存の法律の中で、原発を裁けるのか。裁判所は、どこまで介入出来るのか。

オウム裁判が終わりました。死刑判決は出たけれど、事件の「真相」はまったく解明されていない。裁判にはやはり「限度」がある。

放射能は誰のものか。市民感覚からすれば、土に付着したとしても、土の所有者はゴルフ場だとしても、「無主物」という、法律的概念だけで、この問題を裁くのはおかしい。そもそもは東電が所有していた原発から出たものだ。

東電の法令担当者や顧問弁護士さん。民法の解釈を“拡大”しないでくださいな。

田んぼや家の庭に付着した放射性物質は「無主物」か。そんなバカな話がまかり通るっていう法治国家はおかしいよ。

2011年11月23日水曜日

評価されない県知事

福島県議選が終わりました。選挙はおわったものの。候補者のポスターを貼った選管の看板はそのまま。
めちゃくちゃ低かった投票率。なんかこれみよがしのように看板は撤去されない・・・。

当選した県議さんたちの県知事への評価アンケートが新聞に載っていました。
震災後の対応評価です。

原発事故への対応を評価する側が19人。評価しない側が39人。政党を問いません。県議会は県知事の原発対応を評価していないという事実。

新人もいるとは言え、県議も知事も政治家。玄人同士の評価。素人の県民感情はもっと厳しいかと。

それは何ゆえか。県知事がほとんどメッセージを発しないからです。ブータン国王のメッセージに感銘を受けた県民からすれば、ふと我に帰って身の周りを見回した時、県知事から何も伝えられていないことに気付いた・・・。

ブータン国王の先導役みたいなことはやっていた。首相や天皇陛下が避難所を視察に来た時にも先導役はやっていた。でも滅多に言葉を発しない。

福島市の大波地区の米からセシュム検出。出荷停止。県知事は黙して語らず。
少し前、「安全宣言」の時は顔見せてなにやら得意そうに、安心したと喋っていたのですが。良いとこだけには顔を出す。

県知事と東電の間には、いろんな意味で緊張関係がありました。福島県の歴史。
原発事故。緊張関係は崩れました。

東電の面会を拒否し、やっと会ったら罵倒。閣僚が来県すると「国の責任で。国の責任で」を言うばかり。

数日前の全国知事会でも福島県知事の発言があったのかどうか。記事にはなっていなかった。

県知事と言えば、古いたとえですが、「一国一城の主」。領民の、民の安寧のために、言葉を発し、希望を与え、「幕府」ともっともっと交渉すべきなんですが。

「いついつまでにこうする。何をする」。そういう見通しを、展望を述べないと。

この知事のもとでは夢も希望も無い。福島県を去った県民も多くいる。単に放射能がこわいだけでなく、先の見通しがないなかで見切りをつける。
県の人口が激減している理由の一つに知事の不作為があるのではないかと思ってしまう。

沈黙は金ではない。不安と焦燥感を産む。
任期はまだ3年もある。黙っている知事に黙っている県民・・・。

2011年11月22日火曜日

「社員食堂」

「タニタの社員食堂」という本がバカ売れ、ベストセラーだという。それにあやかってか、栄養短大など「学生食堂」の本も売れているとか。学食にはわざわざ出かける年配者やサラリーマンまでいるとか。

栄養士が管理した、カロリー計算したレシピ。健康本ブーム。

そうでしょうね。だれしも健康には気をつけるもの。健康、健康。それに越したことはないのですが。

書店に積まれていた原発本はその場を明け渡した健康本。なんたって「食」は人間にとって一番大事なことですから。

だからでは無いけど食の汚染とやらがなんでもかんでも「問題視」される。福島産は敬遠される。

いつもは刈り取られているはずの柿。今年は取り入れもされず。木につり下がったまま。哀しい光景。

県北名物のあんぽ柿も出荷見合わせ・・・。賠償金という金の問題だけではなくなっている。農家は生き方が“否定”されたようだと。金さえ払えばいいということではなくなった。

一日3,000人が働いているという原発事故現場。「原発の社員食堂」はどうなっているんだろう。過酷な食生活はだいぶ改善されたと誰かが言っていたけれど。

栄養士が常駐していて、タニタの社員食堂のようなきちんとした食事はとっているのだろうか。ちゃんと食わなければ気力も体力も湧かない。抵抗力だってつかない。

震災直後のあの避難所の光景。支援物資のパンとカップラーメンばかりだった人たち・・・。
乾パン一個で数日の飢えをしのいでいた自衛隊。

ほんと気になる原発事故現場の作業員の食事。

なぜかテレビは申し合わせたように「食べ物番組」ばかりが目立つ。

ここ数年ですっかり「食が細く」なってしまった亭主。自分では興味はないけれど、人さまの食の光景はなにかと気になる。

タニタの社員食堂も、もとはといえば社員のカロリーの取りすぎから出来上がったものらしい。
ほとんどの日本人はカロリー取りすぎの食事をずっとしてきたのだ。

「健康」。だれにとっても公平であって欲しいのだけど。

食のせいではない。最近の運動不足で、いささか腹囲が大きくなったような亭主。一応きになりながらタニタの体脂肪計に乗る毎日・・・。

2011年11月21日月曜日

「原発」が菩薩であるということ

文殊菩薩は智慧を司る仏様のことです。
普賢菩薩は普く賢い者であり、人々を救う仏様です。

二人の仏さまの名前が「原発」に付けられている。付けられていた。この耐えがたい違和感。

高速増殖炉だって原発に変わりなし。「ふげん」は廃炉に向かっているがなんと終わるのは2026年。

その「もんじゅ」さまにケチがついた。政府の行政刷新会議でやり玉に。抜本的見直しを提言とか。

まだ稼働もしていない、増殖炉。そこにつぎ込まれている大量の金。びっくりしましたね。一日当たり5,500万円が使われている。これまでに2,4兆円が使われてしまった。夢の高速増殖炉。1995年にはナトリウム漏れの〝事故“も起こしている。

聞くところによると、もんじゅ・ふげんの名をつけたのは永平寺の当時の管主だったとか。純粋に、原発のいかなるものかよりも、それへの願い、智慧を持ち、人々を救うという祈りをこめて付けたのだと思いますが。

「もんじゅ」という字が紙面に躍る度に、仏教者たちはどんな思いをしているのか。

なんだか、やるせないですね。

もんじゅ予算はいくらか削られるようだけど・・・。もう、「夢の増殖炉」もいらないのでは。これまでかけた金が無駄になったとしても。
そりゃ立地地域にしては大問題であろうけど。

質素で謙虚。そう言い残していったブータン国王が、まさに「菩薩」さまに見えるような。

文殊菩薩や普賢菩薩は、名前を勝手に使われただけというかもしれないが、どう思っておいでなのか。この原発事故の現状を。

2011年11月20日日曜日

仮設にコンビニが出来た

ビッグパレット脇にある富岡町と川内村の住民が住む仮設。車のある人は、数キロ先のスーパーなどに買物に行っていましたが。

原発難民は買物難民でもある。車も無く足の悪い高齢者の方も見かけていました。

その仮設の近くにコンビニが出来ました。セブンイレブン。店舗は「仮設」。プレハブ。でもそこそこの品ぞろい。
店舗の前には、それを建てたであろう建設会社のテントがはってあり、ボランティア活動の様子。

住民からは近くに出来たセブンイレブンに「助かった」と歓迎しているようです。

いわき市にも仮設の商店街が出来、岩手の釜石にも仮設商店街が出来た。商店街は人の交流にもつながる。


そして、セブンイレブンのよる移動販売車「セブン安心お届け便」というのも出来ている。販売員と客との間に新しいコミュニケーションが生まれている。

震災によって生まれた新しいビジネスモデル。大手スーパーも参入するとか。

「生活インフラ」。収益性は少なくても企業としての一種の使命感。
そして甦ったような「御用聞き」。商店街と住民との間をとりもった御用聞き。

そこには「会話」が生まれる。やがて人の消息にまでつながるかもしれない。

ビッグパレットの近辺、仮設の周りは夜は暗い。仮設のコンビニの灯りが、そこに暮らさざるを得ない人達のちょっとした支えになってくれればいいのだが。

店員さんが明るい笑顔で接客してくれれば、束の間、「普通の暮らし」の感覚が取り戻せるかもしれないし・・・。

高齢化社会。首都圏郊外でも、「買物難民」のために、移動販売車が走りはじめているという。

コンビニ業界、捨てたもんじゃないと。

2011年11月19日土曜日

大きく強い龍に

ほんとうにこの人は良い事を言う。良い言葉を発してくれる。千金に値する言葉を。

「あなた方の中には龍が住んでいます。人格という龍です。年をとって経験を積むほど、その龍は大きく強くなっていきます」。

相馬市の小学校を訪れたブータン国王は子供たちにそう話しかけていた。

龍かーーー。なるほど。国旗にも印されている龍。ブータン国旗の意義がわかった。すべての国旗には意味があると。

幸福度感じる国民が98%の国。幸福度とは決して物質的な幸福ではなく、こころの幸福。

この言葉に励まされました。年甲斐も無く。自分の中にある龍を大事にしなければと。

相馬市の子供たちにもとどいたこの言葉。みんな「一番印象的だった」と言っていた。

子供たちはきっと育てるでしょう。自分の中の龍を、何物にも負けない強い龍を。

幸福度。どっかの大学の研究室がやった日本の都道府県別の幸福度調査。その一大学の調査結果をネタに「大阪府はワーストワンだ。それを立て直すんだ」と選挙の売り込みに使う候補者。

ブータンと日本では、最大の理解国であり友好国であるにもかかわらず、「幸福」という尺度は180度違う。

物質的豊かさイコール幸福。もうそんな価値観を捨てないとダメなこの国。

中島みゆきだって歌っている。銀の龍の背に乗って。

「あの蒼ざめた海の彼方で、今まさに誰かが傷んでいる。
 まだ飛べない雛たちみたいに、僕はこの非力を嘆いている。
 急げ悲しみ、翼に変われ。急げ傷跡、羅針盤になれ。
 
 夢が迎えに来てくれるまで、震えて待ってるだけだった昨日。
 明日、僕は龍の足もとに崖を登り、呼ぶよ、さあ、行こうぜ。

 銀の龍の背に乗って、届けに行こう命の砂漠へ
 銀の龍の背に乗って、運んで行こう雨雲の渦を・・・」

昨日までは待っているだけだった龍。今日、その龍が来た。さあ、明日からは、行こうぜと呼びかけあって、届けにいこう、運んでいこう。

ワンチュク国王がそう大人たちにも言っているような。

ブータンから貰った「龍」。我々はそれを育てる責務がある。もし、貰っていないと思ったら、それを取り戻しにいかないと・・・。

2011年11月18日金曜日

ブータン国王がもたらしたもの

国賓として来日中のブータン、ワンチュク国王。その国会演説をきょうユーチューブで見た。書き起こしもネットで見た。

人口七十万人。ヒマラヤの小さな国。GNPではなくGNH、国民総幸福度を大事な指標にする国。

素晴らしい演説だった。
東日本大震災に触れて、「このような不幸から強く立ち上げることが出来る国があるとすれば、日本と日本国民だ」。
日本人の誇りをかきたて、希望を与える言葉。日本の指導者からは聞いたことが無い。

ヤジと怒号しか聞かれない国会の本会議場。たしかに多くの議員が聞き入っていた。演説が終わると総立ちで拍手。中には励まされた議員もいたかもしれない。そして、国賓だけに催される晩さん会。これを欠席して政治資金パーティーの出て、ネタ話にしていたバカな閣僚もいる。

演説で国王はこうも述べている。
「我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです」。
震災後すぐに八千万円の義援金を送ってきてくれた国。そんなに豊かな国では無いはずです。財政的には。震災後、多くの国民が寺院に出向き、大震災の犠牲者に祈りをささげたという国。

「ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います」とも。

天皇陛下は、このブータン国王の来日を心待ちにしていたのではないだろうか。
自らは口に出来ない思いをブータン国王なら言ってくれるのではないかと期待されていたのかもしれない。
ブータン興王の言葉は天皇陛下と同じ思いではなかったのだろうかと思ってみたりする。

病と得られた天皇にとって、会見が出来なかったことが一番心残りなのではないだろうか。

かつて日本人が大事にしていた言葉。「知行合一」。それにも言及した。

日本人が最初にブータン王国に入ったのは昭和33年だという。国交樹立して25年。
西岡さんという農業研究者が、大根を植え、収穫し、食糧自給率86%の国にする礎を築いたという。その日本人への「恩義」を絶対忘れないというブータン国民・・・。

昭和天皇が崩御された時、「弔問外交」が交わされ、多くの国の首脳は日本からの経済援助を求めた。そんな中、弔問に訪れたブータン国王はこう言ったという。「私は弔意を示しに来たのです。金を無心に来たのではありません」と。

今頃、相馬市で小学生と歓談しているのかも。被災した人たちに国王が与えたメッセージの意味は大きい。

それにしても・・・。なんで・・・。
こんないい演説を既存メディアななぜきちんと伝えないのだろう。NHKは中継すべきだった。新聞は演説全文を掲載すべきだった。

いま、日本が必要としている言葉をメディアはきちんと伝えないという現実。今の日本人の心の“貧困”を物語っているのか。

2011年11月17日木曜日

友あり、遠方より行く・・・

きのう、東京でした。昔いた会社のOB会。記者とカメラマン。高齢者ばかりです。
場所は東京六本木。昔の通称テレ朝通りからちょっと入った会館。麻布霞会館。よく歓送迎会などで使っていたところです。改修されていました。昔の面影無し。迷って到着。

六本木界隈。六本木ヒルズなるものが出来て、再開発がされて、町のたたずまいは一変しています。テレ朝があった場所は大きなホテルが建っており、テレ朝通りの建物もほとんど変わっており。馴染みだった店はことごとく無く。

何十年も寝ずに働いた地。面影はありません。道が無かったところに道が出来、あったはずの道が無くなっている・・・。

「ここは俺の居たとこじゃないよ」。都市は変貌するもの。致し方ないこととはいえ、無情です。故郷が無くなった気分です。

ふと連想する原発20キロ、3キロ圏内。何年か何十年後には、町は消え、面影は無くなってしまうだろうということ。事の本質は別にして・・・。

OB会。歓迎されました。

「お、放射能運んできたか」と言って固く手を握ってくれた先輩。思いっきりの笑顔で。震災後、電話が通じない時にいち早く手紙をくれた先輩です。

震災後、二度にわたって「支援物資」を送ってくれた先輩も。「来てくれてありがとう」と。

思い出話に花を咲かせ、近況報告。「地震で家は損壊し、放射能騒ぎでいろいろだけど、かえって楽しくやってます。ここにいる皆さんはもう老い先短い。米や野菜はいくらでも送ります。美味いもの食べてください」と亭主毒舌。
そうなんです。この頃の時代の人たちは皆毒舌なんです。毒舌の下に優しさがある世代。

「大変だったね」とねぎらい受けるのが面映ゆいくらい。

三河島事故、鶴見事故と多くの死者を出した事故の現場を撮影してきたカメラマンかとは、今度の震災津波で、死者を写さない、放送しないことの是非論も交わされ。

OB会の前に、近所に稽古場と住まいを持つ、地唄舞、神崎流の家元と旧交を温めました。古い木造家屋だった稽古場。耐震構造にしなくてならないという「おふれ」で、鉄筋構造の家に建て替えたとか。多額の借金をして。
高層ビルの下で暮らす昔からの住民はなにかと住みにくいとか。そのお家元、阿川佐和子さんと中高同級生とか。二人でトークショーやって収益を被災地に寄付したそうです。

都心の再開発。見るたびに違和感を覚えます。林立している巨大なビルには恐怖を感じます。町並みは変わるものとはわかっていても。

東京は秋晴れ。無風。とんぼ返りした郡山は風は吹き、気温低く、雨も・・。
まさに物理的温度差。

夜は「日本酒道会」の秋の例会。春は震災の影響で中止になっていたもの。そういえばOB会も当初は3月末に予定されていた・・・。延期物件、同じ日に二つ。昼はビールで夜は日本酒。さすがにきょうは・・・

2011年11月16日水曜日

不自由な言葉たち

震災後―。流言飛語をはじめとして、ネット上ではいかがわしい言葉が飛び交い、言葉の暴力が・・・。
そして「死の町」や「バカな奴」発言が指弾され、攻撃対象とされた東電や政府への罵詈雑言。

「福島切り」なんて言葉もあるらしい。日本人は「差別がお好き」とも。なんとかいう俳優?はヒステリックに叫んでいるとか。先日行われた福島路を走る東日本女子駅伝を。若い女の子を死なせるのかと言わんばかりに。側溝走るんじゃないですよ。吸う空気は地上1,5メートル以上。0、いくつマイクロシーベルト。しかも数時間・・・。

そんな奴らをテレビは出演させ、ともに「風評被害」をまき散らしている。テレビは風評の発信地だとさえ言いたくなるのであります。

テレビを見ていたら、楽天の前監督の野村克也さんが、選手の育て方とか選手と監督の関係について話していました。その時の野村監督の弁。「放送禁止用語で言えないが・・・」。何だろう。話の前後の脈絡からして「あきめくら」と言いたかったんじゃないかと。

たしかに「めくら」は視覚障害者にとっての差別用語とされ、放送禁止用語とされていましたが。なぜ禁止用語を、自主規制用語をつくるのか。ある種の団体からの抗議が怖いからなんです。
大学センター試験が始まった頃使われた「足切り」。これもいつの間にか禁止用語に。
あげく、交通機関の乱れ。「何万人の足が奪われた」。これもダメ。足を奪うってのはダメ。

被災地には「部落」があった。みんな部落と呼び合っていた。自分の住む部落を誇りに思っていた。でも部落という言葉は使えない。禁止用語。被差別部落問題、同和の余波。

たぶん、マスコミは「地域」とか「地区」とかという呼称を使っているだろう。

盲蛇に怖じず。諺がある。これ使えないのか。盲判、メクラバン。これも駄目なの?

めくらーと入力してもパソコンは変換してくれない。「もう」と入れたら出てくる盲の字。

放送禁止用語、差別用語。だれがどういう基準で決めるのか。言葉は生き物。使う人に「差別」の意識があるかどうか。

意思を通わせ合う言葉が不自由だ。「福島はダメ」「福島切り」。差別用語は、放送禁止用語はどこにも含まれていない。だけど、度し難い最大の差別用語だとおもうのですが。

2011年11月15日火曜日

天下の大患

ここ数日、またもや野田内閣の支持率世論調査が報道されている。
横並びのように支持率低下。焦点はTPP交渉。

やがて支持率30%台になれば、「危険水域」なんて書き出すのだろう。
亭主、別に野田支持でもなんでもありませんが、なんか嫌な予感あり。

メディアの報道姿勢。野田は説明不足だ、リーダーシップに欠ける。あげく党内の“内紛”おもしろおかしく伝え、野党の無責任言動を是とするかのように伝え。
そりゃ刷り込まれますよ。TPPのなんぞやを知らない人にまで。

そして調査をすれば、支持率減るのは当然。質問の仕方も「報道」をもとにだもの。

追いこんで、追いこんで、また、「辞めろ」と主張するのかな。その一方では、年中変わる首相。諸外国の信頼失墜と社説なんかで書く。

テレビには元官僚の論客を連日登場させ、官僚叩きに溜飲を下げる。叩かれる官僚は黙している。しかし、仕返しの機会窺う。

キャスターと称する輩は「被災地に目を向けろ。この現実をなんとする。国の責任、責任だ」と連呼する。

非難、誹謗の日々は何の解決策ももたらさない。

いまメディアの興味をひくのは全国に広がっているような「放射能汚染」だけか。「汚染」の二文字がどれだけ反響を呼び、人心をかく乱しているのかご存じか。

「心からのお願いです。心からのお願いです」。ウグイス嬢と称する金切り声が町中を走っている。県議選真っ最中。「市民の皆様を放射能の恐怖から守ります」。え、そんなこと言いきれるの。

届いた選挙広報。誰を見ても同じことばかり。書いてあることだけは。県知事にもの申したと豪語する御方もおいでだが。

この時期、この土地になぜか選挙は不似合いのような。

メディアの立ち位置にも大いなるかい離を覚える。

吉田松陰の言葉を引く。

「天下の大患は、其の大患たる所以を知らざるに在り」。
世の中の大いに憂うべきことは、国が大いに憂慮すべき状態にある理由を知らないことにあるという解釈か。その理由は明白。メディアのあり方。メディアのある意味“暴走”。それを自覚していない。

松陰の語は続く。
「いやしくも大患の大患たる所以を知らば、いずくんぞ之が計を為さざるを得んや」。
仮にもその憂慮すべき事態になる理由を知れば、どうしてその対応策を立てないでいられようか。立てるべきであると読む。

メディアが大患だとすれば、それへの対応をどうすればいいのか。リテラシー能力なんていう言葉では片づけられないが・・・。

患とは悩み、憂い、病気。名医はいずこにありや。

2011年11月14日月曜日

フラガールズ

昨日の話の続きです。結婚式の。
神宮外苑のイチョウの樹。落ち葉はまだ数葉。前日の雨に打たれ、歩道を歩く人に踏みしだかれて地面にこびりついていました。
本格的な落葉はこれからなのでしょう。木々は緑でした・・・。

新婦の名前は「さやか」ちゃん。ニックネームは「さやん」と言うそうです。

驚きました。この新郎新婦。当初の披露宴の予定は3月12日だった。前日の3月11日。午前中に区役所に行って婚姻届を出していました。そして翌日の準備をしていたところに震災・・・。

この夫婦の結婚記念日は3・11です。喜びと悲劇と悲しみと苦しみをすべて味わった2011年3月11日。

さやかちゃんは福島県でアナウンサーをしていた時に、フラダンスと出会いました。そのころフラガールの映画がヒットしていたからでしょうか。
当時在籍していた女子アナ6人で「KFBフラガールズ」というのを結成しました。仕事が終わった後、皆で集まって先生招いて練習をしていたみたいです。
かなり難しかったらしい。
念願かなって(いや、当然“談合”もあったでしょうが^^)、いわきの常磐ハワイアンセンター、古いかこの呼び名。スパリゾートハワイアンズのステージに立ち、本職のフラガールと共演しました。その番組もありました。

思い出すに、さやかの(いつの間にか呼び捨)入社時の履歴書に趣味は三味線、日本舞踊と書いてあったような気がします。
きのう配られた席次表。そこには、趣味フラダンスと書いてありました。東京に戻ってからもフラダンスの教室に通っていたようです。

披露宴の余興がそのフラダンス。北海道や名古屋に行った当時の同僚の女子アナも参集。フラガールズ“再結成”。
ドレス姿で踊る新婦の目には大粒の涙が・・・。

いわきのハワイアンズ。復興のシンボルです。そして、被災したフラガール達は避難所を回り、回り。笑顔を見せながら、自分たちの悲しみや苦しみを微塵も見せずに被災者たちを激励し続けてきました。

披露宴会場のステージで踊るフラダンス。KFBフラガールズ。彼女たちには単なる余興ではない、もっともっと秘めた深い、強い思いが込められていたような。

列席していた人たちに彼女たちの思いが伝わってくれたらいいなとしみじみ感じ入っていた次第。

お約束の祝辞をやってきました。新郎の名前が幸司くん。幸いという字が入っています。新郎の来賓あいさつでも「お幸せに」という言葉がありました。

新郎・新婦に聞きました。「幸せかい?」って。もちろん二人とも幸せですと答える。「どういう字を書く?」と聞く。はい、亭主は意地悪です。
「幸福の幸です」と答える。

幸という字は漢字。中国から来た字。日本語では、日本の字では「仕合せ」と書く。仕という字の意味は為る。為るを合わせる。仕え合わせる。支えあうという意味にもなる。転じて、仕合せという字の本来の意味は「めぐりあわせ」ということ。
そういう「仕合せ」になってくださいと。
仮設にいる人たちへのメッセージも込めて。

震災や原発の話もちょっとしました。そしてまたクソ爺の余計なひと言。
俵万智に有名な句。「寒いねと語りかければ寒いねと答える人のいる暖かさ」。
そんな夫婦になってくださいと。

仮設で孤独死が出始めています。寒い東北の冬。語りかける人のいない仮設での独居生活。何を言っても答える人のいない日々の被災者。そんな思いが亭主の頭から常に抜けないからでしょうか。

せめてこの夫婦、3・11に入籍した夫婦。暖かさだけは持ち続けて欲しい。

不自由な体なれども東京駅を走り新幹線に飛び乗った亭主。車内は寒かった。隣席に話かけるわけにもいかず。

「分かつべき人がいるのは幸せと、あなたは強く言っていた、3・11結婚記念日」。新幹線の中でふと思いついた”ぱくり”。サラダを食べるの忘れてた・・・・。

2011年11月13日日曜日

八か月遅れの結婚式

きょうはこれから東京。結婚式に行ってきます。

現役時代の会社の女子アナウンサー。目出度くの披露宴。なぜか亭主も招待され、しかもスピーチ付き。物好きな女の子もいたもんだ(笑)。
そう言えば、在職時に言われてました。「私の結婚式には是非出席してくださいね」。「わかった。花嫁衣装見たらブスって言ってやるから」。
彼女が福島にいたのは4年間位か。大学出てたまたま入社。ここ何年かは東京でフリー。そうそう、福島時代は女子サッカー、東電マリーゼの担当でした。

足しげくJビレッジに通っていました。ブログも連日マリーゼでした。

当初予定していた披露宴は3月14日。その三日前の震災、爆発事故。結婚式の会場だった東京の明治記念館も地震で半壊。当然ながら延期になっていた宴。

事前に購入していた新幹線の切符。震災後しばらくしてから駅に払い戻しに行きました。まだ新幹線は運転再開してない頃。駅舎も半壊のまま。やっと裏道通って入れた駅舎。みどりの窓口。

「ご迷惑をおかけして申し訳けありません」。なぜか謝罪する駅員さん。
「あんたのせいじゃないよ。謝ること無いよ」と慰める亭主。この時ばかりはJR東日本の駅員さんに“好意”覚えた記憶あり。みんな一生懸命に仕事し、みんな、どこかやさしかった・・・。

さてさて問題はきょうのスピーチ。ま、新幹線の中で考えますが。勢い、震災、原発に触れなければならない。東京で東京に人を前にして何を言うか・・・。

ま、成り行きと雰囲気で。

久しぶりに見る神宮外苑のイチョウ並木。葉はおちているのかどうか。落ちていたら数葉拾ってこよう。

またもやとんぼ返りの東京行。「事前に連絡してよ~~」とこの前コメントで怒られた先輩女子アナにまた怒られるの覚悟で。

八か月遅れの結婚式。なんかドラマチックやな。

2011年11月12日土曜日

「風」の仕業

放射能の年間被曝基準。どうやら年間1ミリシーベルトという数字が“定着”したような。最初の頃の20ミリシーベルトという基準には、学者・専門家という人達の多くが泣いたりわめいたり罵倒したり・・・。問題ないと言った学者や研究者は犯罪人扱いされた。

「風」の仕業とタイトル書いたけど、その一つが風という字の入った「風評被害」というもの。

いろんな学者さんがいる。専門家と称する人がいる。大声で1ミリを言う人をメディアは積極的に登場させる。

年間20ミリシーベルト。時間当たりに勘算すると、毎時3,8マイクロシーベルト。1ミリシーベルトだと毎時0,19マイクロシーベルトということになるそうな。

郡山の数値は0,8マイクロシーベルト前後を行き来しています。立派に1ミリシーベルト越え。こりゃ「風評被害対象地域」だ。

0、19を毎日一年間浴びていての1ミリシーベルト。一週間や一カ月滞在していてどうなるものでも無しなんですが。

風評被害。被害者は当然福島県。で、加害者は。学者やマスコミ。鵜呑みにする識者。

責めるつもりは毛頭ありませんが、大いなる自己判断力の欠如、付和雷同かと。
風の仕業って・・・・。

大気中の測定値があまり変わらない。みんな思っている素朴な疑問。答え無し。
ようやく出てきた一つの観測。東大や茨城大学の研究チームの調査。

「地面に落ちた放射性物質が、地面が乾燥することによって風によって舞い上げられ再浮遊したのではないか。土埃となって」。

風の仕業なんですね。風は気まぐれ、気の向くまま。これじゃ、薄い濃度で飛散区域はもっと広がるじゃない。
乾燥は冬とは切ってもきれない自然現象。

これ見たらまた思う人もありやと。「風の強い時には福島に行くのをやめよう」って。

塾生に言いました。「風評被害、風評被害って暗い顔してるな。その顔を映すのがテレビの仕事。仕掛けに乗るな。確かに被害はあるけれど、風評被害ってなんですかって顔して笑ってろ。そしたら県外から来た人はびっくりする。福島の人は皆笑顔だったって。そうすりゃ“風評”は逆に多少は収まるかもよ。人間なんてそんなもんだ」と。

絆と呼びかけても、がんばろうってスローガンを並べても風は吹く時には吹く。

2011年11月11日金曜日

’11・11・11.8カ月

別にどうでもいいことだけど、100年に一回は来る「1」が並ぶ暦。
そして、あの日から8カ月。

“ほぼ日刊いとい新聞”というサイトをやっている糸井重里さんが言っている。
「誰に言うものなのか、よくわからないのですが、この3月に、ほとんどの人たちが、「この痛みは、みんなで分けよう」と思ったはずです。その覚悟が薄められていかないようにと、ぼくは、しつこく東日本大震災のことを言っていきます」。

びっくり。嬉しい。亭主の心情とまったく合致しています。しつこいかどうかはともかく、亭主も8カ月書き続けてきました。

それは、ひとつの「覚悟」だったのかもしれません。

きょうに合わせるように政府にあった一つの会議が消えました。「復興構想会議」。菅直人得意の思いつき会議。結局、何の意味があったのか。「会議詐欺」と命名。

出来た時、亭主もその会議そのものやメンバーをここごとくけなしました。
何の意味もない会議や集まりをどれだけ作り、やってきたのか。

最期の会議後に委員から続出したのは「政府の意思決定、復興策の実施が遅すぎる」という声。ある委員は「与野党ともに復興最優先と言っているが、実行が伴っていない」だったとか。

会議のメンバーになっていた以上はおまえらも同罪って。政府が悪いと言っていれば事足れりとする風潮がこの会議にもあった。被災県の知事だって加わっていたのに。

TPP騒ぎでのここ数日。問題の本質の論議ではなく、一日延ばしたことへの文句。国会もマスコミも。

騒ぎをよそに、今日の閣議で決まったという「除染対策関係閣僚会議」とやら。
お願いだからほんとうに機能してください。
そして伝えられた静岡県の市町村会の瓦礫処分受け入れ決議。東京都につづいて静岡も。県の決定ではないけれど。
こんな動きは広まって欲しい。全国に。苦しみや悩みの「共有」と「シェア」。
シェアはフェイスブックだけの「用語」ではない。

朝日新聞福島総局の記者の「つぶやき」。拝借。

静岡県の市長会と町村会が、被災地のがれき受け入れに前向きに取り組む共同声明をまとめました。川勝知事が「他人事ではない。何とかできないか」と要請。ありがたい話ですが、でも、放射能が少しでも検出されたら駄目なんでしょうね… 。

駄目なんでしょうね・・・とは何たる言い草。こういうのも、一つの風評被害のもとになる。
「少し検出されたとしても断固やって欲しいもの」。そんなこと言えないのか。

ツイッター上に散見される現場の記者の「つぶやき」「感想」にも激しく違和感感じる。

官邸記者は連日ぼやく。「ぶらさがり、問いかけに応じない。国民との直接対話避けている」って。くだらない。

パケット通信料の無駄じゃ。

2011年11月10日木曜日

奇妙な光景なのだ

福島県議会議員選挙と原発周辺地区の町長選や町議会選挙が今日告示されました。

震災の影響で延期されていた選挙。郡山市は半年遅れで実施されましたが。

県民15万人以上が避難しているという中での選挙。民主主義のルールにのっとり、法を順守するなら、やらなくてはいけない選挙なのですが。

やはり「奇妙な光景」としか映りません。

町長選や町議選。役場が移転したところでは、選挙の“拠点”はやはりその移転した役場。浜通りの選挙が会津地方で第一声。

道行く人は選挙権無し。勢い選挙運動は避難所や避難場所ということになる。

原発のおひざ元、双葉町は役場機能や多くの住民が埼玉県に。埼玉県の臨時役場で受け付け。避難所での選挙運動。散り散りになった住民にどうやって選挙運動をするのか、いや、選挙そのものを周知させるのか。選挙広報は届いても、顔も声も聞けない選挙。

郡山市議選でもそうでした。多くの人が「選挙どころじゃないよ」。投票率は大幅に低かった。

20日が投票日の今度の選挙。投票率はとんでもなく低くなるでしょう。

候補者だって何を訴えればいいのか。原発しかない。誰もが。争点になるのか。思いは同じなのだから。

「半分以上の住民が戻れないと思っているが、帰れる環境を作ります」。それがどれだけ通用するのか。

折しも・・。国は20キロ圏内の警戒区域に「長期帰還困難区域」を設定するそうです。そして、比較的線量の低い地域に生活拠点を作って「2段階帰還」というのをやるとか。
長期とは10年以上、いや、20年以上でしょう。仮に2段階方式が成り立つとしても、どんな「ニュータウン」が出来るのか。

戦後の日本。ニュータウン構想はことごとく瓦解しています。多摩ニュータウン、千里ニュータウン。20年もたなかった。

阪神淡路大震災後、被災地にニュータウンのようなものが出来ました。そこの人が言っています。建物は並んだけど、それは無機質な入れ物としか思えないと。

神社があって、田んぼがあって、墓場があって・・・。そういう物がないと町とは言えない。5階建ての団地が立ち並び、中央の広場にスーパーや学校、公園があっても、やはり「団地」は存続しなかった・・・。

その轍を踏もうとしているような二段階帰還方式。奇妙な光景が出来上がるのか。

答えが出せないままずるずると日がたっていくこの国の現実。

2011年11月9日水曜日

戻りたいけど戻らない

福島大学などを中心にした原発避難者の意識調査。
避難8地域の人たちがのうち4分の1の人が「故郷に戻らない」と答えているという。

この種の調査のたびに、戻らないという人の数が増えていく・・・。

34歳以下の若い世代が5割強だとか。

「除染が困難」「国の安全宣言レベルが信用できない」「事故収束に期待出来ない」などがその理由。

数字だけからは、「あきらめ」が広がっているように見える。

だけど「いつまでも待つ」と答えた人も多い。とはいうものの、生活設計は全く見通しが立たないまま。

避難疲れで追い込まれ、気持が萎えてしまっているのだろうか。

一時帰宅で、「現状」を目の当たりにした時、「こりゃダメだ」。そんな思いに駆られた人もいるだろう。

関係町村の長は「戻れるように努力する。住民をバラバラにしない」とコメントしているが、町村のレベルの問題ではない。

少なくとも、福島県が、その長である知事がはっきりしたメッセージを発していないことの影響が大きいのかと。

訪ねてきた政府関係者に「文句」を言っているだけではすまない。東電に怒ってばかりいても何も事は進まない。

県知事とは、たとえは悪いかもしれないが、一国一城の主。気持ちを萎えさせない、希望をもたせるようなメッセージを発することが出来ないのか。

それは現、前首相に対しても言えることだが。語るべき言葉を持たない城主を持ったことの不幸。

福島県の人口は減り続けている。推計198万9千人。震災前には202万4千人いた人口。3万5千人が減った勘定。
減り続けるばかりとは思わないが。

「戻りたいけど戻らない」「戻りたいけど戻れない」。その心中は「憤」の一字かとも。

復興ビジョンが語られず、希望が見いだせないなら・・・。他に安住の地があるとは容易に考えにくいのだが。

諦めるの語源は明らめる。未来が明らかにされない限り自分で自分の将来を明らかにする以外にないのか。

きのうは亭主主宰の塾。塾生に「被災後の探した言葉」を語ってもらった。
「今を生きる」「あるがままに生きる」という言葉を挙げた人もいた。

だけど塾生は直接的な避難者ではない。家族には避難させている奴もいるが。
彼らが、やがて「諦め」とか「萎える」という言葉を使わないことを祈るのみ。

2011年11月8日火曜日

冬立ちぬ

今年の暦ではきょうが立冬。日差しはあるものの、どこか寒く感じます。

いよいよ寒さの到来です。北海道ほどでは無いにしても、東北地方の冬は厳しいです。その厳しい冬を過ごすため、いろんな準備が始まります。

灯油、タイヤ交換から始まり、着るものも。滑らない靴に至るまで。

今度の冬は節電の冬です。3・11、まだ寒かった時期。停電で暖房かなわず。

その体験からでしょうか。今年はファンヒーターではなく、昔ながらの石油ストーブが売れているようです。在庫払底という店も。

多くの人が、あの小雪の舞う中、一晩も二晩も、津波を逃れ、野ざらし状態で耐えた。

そして、原発避難者含めた「仮設生活」。仮設のつくりは「間に合わせ」。断熱材の使用などほとんど無しでしょう。

エアコンはついていますが、電気代が問題。節電の意識だけは忠実に持つ。隙間風あり。結露はたまる。床からの冷え込みも凄いでしょう。電気カーペット使うのか。

石油ストーブは「怖い」そうです。いつ火事になるかの不安。いったん火がでれば仮設は軒並みやられる。防火装備なんてないのだから。狭い仮設。ストーブにつまずいてなんて光景、十分に予想される。仮設には高齢者多い。

着膨れして体を丸めて、この冬をやり過ごすしかないのでしょう。行政だって、ボランティアだって、完璧な対策は取りようがない。

郡山は風の街です。風が強いところです。多数のひとが居た避難所のビッグパレット。その界隈は特に風が強い。隣接して建てられた仮設。
人は表に出ずに4畳半の部屋にこもるでしょう。人影は見えなくなるかも。

空き地だったところに出現した仮設住宅群。そこを「街」とは誰も呼べない。
被災地に大雪降るな。暖冬であってくれ。そう願ったところで、自然は、気象はその願いを聞き入れてくれるかどうか。

国会はきょうから予算員会。繰り返される「謝れ」「誰の責任だ」。声高に言われる声は被災者をダシにしたような「選挙目当て」の大声にしか聞こえない。
北風と太陽のイソップ寓話じゃないけれど、国会に吹いているのも北風。

寒さに耐えながら、心も冷えてくるでしょう。こころを暖める術も持たないまま、言葉も呑み込んでしまい、怒りすら忘れてしまったような民草がいること。

立冬に思うこの国の現実の姿の一つ・・・。

2011年11月7日月曜日

落ち葉炊き・・・

きのう、近所のご主人が庭の落ち葉を一生懸命集めて袋に入れていました。
庭掃除なんですが。

きょうは木枯らしまでとはいかにものの、風があります。枯れた街路樹。落ち葉が道路を舞っていきます。どこへ行くのか・・。

子供の頃は、それこそ唱歌にもあったように、これからの季節は落ち葉炊きの季節でした。落ち葉を集めてのたき火。たき火の中には焼き芋。

そんな光景はみられません。落ち葉のたき火が「禁止」されているのかどうかしりませんが。

樹も葉も土も。みな汚染されているという認識の中で。行き場を失っている。
「落ち葉が堆肥となるように・・・」。土に落ちたワクラバは雨に打たれ、人の足に踏まれ、腐葉土となる。それが、やがて新芽を出す。
落ち葉には落ち葉の使命がある。
この自然の「摂理」が、これからは壊されてしまうのか。


「風立ちぬ いざ生きめやも」。堀辰雄のこの一語をどう読めばいいのか。
落ち葉に送るエチュードに聞こえる。

「風立ちぬ 今はもう秋 きょうから私はこころの旅人」。昔流行った松田聖子の歌。

その歌を聞いていた亭主も今や濡れ落ち葉。だけど、いろんな風に巻き込まれず、風に流されず、オバカな世間の風は聞き流し、寒立馬のように、この地に立ってます。

2011年11月6日日曜日

霧の中・・・・

今朝は霧が立ち込めていました。ちょっと先も見えないような。普段見る景色が見えない。閉じ込められたような奇妙な感覚。

原発内部の状況も、まさに、霧の中のようで。キセノン検出問題。「正解」はやはり霧の中。新たに生まれた霧。三号機内部の線量いまだ高い、高いとか。

なにがどうなっているのか、誰もさっぱり分かってないのでは。

霧の中にいるように閉ざされたような日々の被災者の生活。先が見えない、前が見えない。

「はやく何とかしてほしい」。訴える先は国や自治体しかない。無理だとわかっていても元の生活に戻りたいと願う、言う。

霧に覆われてしまった国。首相にしても県知事にしても、自治体の長にしても、明快な言葉を発せられない。

だから人々のこころは霧の中に入り込んでいく。まわりが見えなくなって行く。

「言葉は時として人の壁になって、人の心を守ってくれる」。

そんな「守ってくれる言葉」に出会えない。

「日本の黒い霧」。松本清張の名作。その霧はある程度あばかれたが・・・。

今の世の見えない霧・・・。

ある集まりでこう言った高齢者がいた。「放射能は見えないし、匂いもないから怖いっていうけれど、見えたり、匂いがあったりしたらもっと怖い。見えたら逃げ出すさ」。

地図の上では色分けされた「汚染」。体感は出来ない「汚染」。

霧ははれてもらわないと困るんだけど・・。

2011年11月5日土曜日

たまには”笑い話”でも

“その言葉を面と向かった聞いて私は絶句した。「もう、のぞみはありませんよ」。ところがその人が言った。「のぞみはありませんが、ひかりはあります」。それを聞いて私は感激した。それを言ったのは新幹線の切符売り場の駅員さんだったが”。

クスっていう笑いはいいですね。こ話は被災地でももしかしたらウケルかも。

東北の瓦礫めぐってもめている。いったんは受け入れ決めた自治体も続々“拒否”へ。
「自治体の苦悩もわかる」みたいな朝日官邸記者のつぶやき。

都知事がちょっと見たテレビで吠えていた。「ちゃんと測定してもっときてるんだ。危険なわけないだろ。住民の反対・・・黙れって一喝してやればいい」。この男時々良い事言う。

早速取り上げた朝日の川柳欄。

「ときどきは善いこともする都知事さん」。

その石原都知事について田原総一朗と猪瀬直樹が対談している。「本当はあおの人は面白いひとなんだ。時々余計なこと言うけど。作家として自分の言葉を持っている。よく本を読んでいる。自分の言葉を持っているひとはぶれない」。そんな評。

自分の言葉を持った宰相にずっと出会っていない。ずっと、ずっと。

ずっと言葉にこだわってやってきた亭主主宰の塾。もっともっと「言葉」について話し合っていかなければ。

塾の最初の講義のテーマは「初め、言葉は思想だった」。

川柳欄のもう一つ。福井原発めぐる「匿名寄付金」。「本気ならタイガーマスクと書いたはず」。うん、これも戴けた。

そして、かたえくぼという欄。「ギリシャ支援」。憂慮圏です~ユーロ各国~。庶民の言語力高し。

2011年11月4日金曜日

“循環”で成り立っているはずなのに

福島の農業が崩れつつあるー。きょうの毎日新聞にあった記事。表現の問題ではなくその内容。

福島県の中島村。原発から70キロの肉牛農家。たまっていく排せつ物の中で動けなくなった牛たちが、じっと飼い主を見つめている。たしかに、排泄物の中に埋まった牛が飼い主をみつめている写真も。
原発事故により野菜農家が作付けをあきらめ、肉牛農家が堆肥(たいひ)の提供先を失って大量のふん尿を抱えたまま行き詰まっているというのだ。

耕作農家が肉牛農家に堆肥をもらい、代わりに餌となる稲わらを提供するという循環が成り立っていた。ところが今年は原発事故で、農家の多くが春野菜の作付けを見送った。さらに風評被害も重なって耕作意欲を失い、夏野菜の作付けをあきらめた農家も多い。この農家に堆肥を取りに訪れた農家は今春ゼロ、夏も2戸にとどまるという。
汚染された稲わらを牛に与えておらず、堆肥の検査でも問題なしとされた。それでも耕作農家の間には、地元の堆肥を敬遠する空気も生まれているという。

要旨こんな記事。耕作農家と肉牛農家の間で成り立っていた「循環」が崩れた。堆肥の行き場所が無い。

原発だってそう。発電システムは「循環」で成り立っていた。それが壊れ、崩れた。

大量生産、大量消費、大量投棄。そんな経済システムから抜け出そうとして
循環型社会構想が生まれた。
リユース、リデュース、リサイクル。

多くの瓦礫は、その処理をめぐってこの循環も壊した。

人間の体も「循環」。血液の循環。その循環が止まる、壊れると死ぬ。

中島村にとどまらないこの「堆肥処理」問題。死活問題だ。農家も牛も。
「県からはふん尿を牛舎の外に出し、別の場所で適切に保管するよう助言されているが、周囲に住宅が多く、無理に野積みすれば公害になりかねない」と農家は頭を抱える。記事にはそうある。

TPPどころじゃない。今、現在の苦境。県はどうにか出来ないのか。
記事を書いた記者さん。フォローしてください。「再臨界」「自然分裂」も、たしかに大事な報道だけど、この記者が書いているように福島の農業は崩れつつある。

氷山の一角では決して無い。循環という人知が考えだしたシステムは壊れるということの恐ろしさ。

2011年11月3日木曜日

「囲い込み」

岩手・宮城の津波被害による瓦礫の処理が進まない。どこもその処理を引き受けてくれないから。やっと東京都が。都知事の“英断”ということか。
どんどん引き受けますよというけれど処理能力には限界あり。

他の地方自治体。皆、二の足踏んでいる。いったんOKしながら、やはりダメとか。

瓦礫の中に放射性物質が含まれていないかどうかが問題だとか。ばかばかしい。ちゃんと二重、三重に測っているんだよ。

「国がちゃんとした指針をしめしてくれないから」。自治体担当者の言いわけ。市民が納得してくれないから。納得してもらえるよう説得するのが“仕事”でしょ。

多くの瓦礫が野積み。囲い込み。

原発は事故処理の囲い込みにまたまた“失敗”した様子。キセノンとかいう物質が検出されたとかで「再臨界」と報じられ、振り出しに戻るの感あり。
そのマスコミの扱いの大きさ。
再爆発起こしそうな勢い。
で、とにかく東電発表。再臨界ではなく自発核分裂だとか。とにかくあそこは早く囲い込まないと。
福島県の除染。進まない。なぜか。はぎ取った土の持って行き場が無いから。県内でさえ嫌がる。囲い込まれた仮置き場の汚染土。

持って行き場がないから除染出来ない家も。

仮置場。中間貯蔵施設。最終処分場。目途がたたないまま。目途が立つわけない。

「放射能との共生」。日本人である以上うけいれなければならない現実なのに。

「国」という漠然とした、相手が見えない目標に対してその責任を言い募っていてもことは解決しない。

これからずっと、「汚染土」は福島県という行政区画の中に囲い込まれるのでしょう。しかし、その県内だとて。すでにはじまっている持ち込み反対運動。
除染じゃない。移染なんです。移染しての囲い込み。

民主主義国家というのは、こうした重大事があると、「エゴ」が突出。ボールの投げ合いかと。

原発20キロ圏内。飼われていた大量の牛が“捕獲”されて、柵の中に囲い込まれている。餌は与えられているが、もうその牛は、人間にとって本来の牛ではなくなった。使命を果たせず「囲いこまれた牛」は何を思っているのか。

あれから間もなく8カ月。何が進んで何が進んでないのか。進んでないことだけが目立ち。

やがて漂うかもしれない徒労感に、被災地が襲われることを恐れるのですが。

2011年11月2日水曜日

柊木犀のこと

今朝早く玄関のチャイムが。戸をあけてみると。ご近所の犬とそのおかあさん。
犬は大きなラブラドール。名前は「キイウイ」、通称「キューちゃん」。めちゃめちゃ人懐っこい犬です。巨体をゆすって喜びを表現する。

そのおかあさんが持ってきてくれました。ひいらぎ木犀の二枝。キューちゃんの家の庭に咲いている樹です。
「澪ちゃんのお花がさきましたよ。澪ちゃんに供えてください」。

去年の11月に死んだ澪。澪とゲンキは朝の散歩の時によくキューちゃんの家の前を通りました。犬同士が仲良しってわけじゃないんでしょうが、近くに行くとキューちゃんがいつも大声で呼ぶ。数分間のご対面。

我が家では犬が亡くなると「記念樹」を植えることにしています。澪の記念樹は柊木犀。キューちゃんの家の庭にあったし、どことなく似合いそうな花だったから。でも、我が家の庭に植えた柊木犀はまだ育っていません。

それを知ってか知らずか、わざわざ持ってきてくれたお母さん。感謝の一語です。嬉しい手向けです。

亭主のパソコンのキーボードのところに澪の写真があります。時々意味もなく語りかけていることがある。特に何をってのではないのですが。返事はないけど写真の表情が時々違うように見える。きょうは嬉しそうな顔をしている。眼をぱっちり開けている。

柊木犀、銀木犀の季節なのですね。

新聞の歌壇に寄せられていた歌。

「木犀の香にふあんと包まれて放射能からふと離れぬ」。いつも頭の中から離れない放射能のこと。ふと気付いた木犀。樹に花にこころ奪われた一瞬。作者の心は「除染」されたのでしょう。

澪は放射能のことは知りません。よかったのだと。
「どんぐりもきのこたけのこ好きな熊、原発事故を知る術もなく」。これも歌壇に投稿されていた作品。澪はちいさい熊のようだった。ドングリを拾って食べはしませんでしたが。

季節になると必ず季節の花が咲く。花に意思があるのかどうか。農作物も草花も人が話しかけると綺麗に咲くし、おいしく育つという。人間の思いこみかもしれませんが。

自然に「意思」があるのかどうか。地震に津波に「意思」はあったのか。無いと思います。津波に「襲われた」というけれど、津波に人を襲うという意思があったのかどうか。無いと思います。

勝手な自然現象だと。その自然現象に、人間は「想念」を巡らせ、さまざまな感情を抱くだけかも。

多くの命が奪われてのに今年の春も桜は見事に咲いていた。その桜をどう見るかは人それぞれ。

バカバカしい話かもしれませんが、いただいた柊木犀にだって放射能は降り注いだはず。「汚染」されているかもしれない。そんなことよりももっと大事なこと。その花をわざわざ持ってきてくれたこと。柊木犀の葉一枚一枚を撫でました。花に顔をくっつけてその香とかぎました。

何カ月も花や樹に眼が行かなかった。きょうからはちょっと気にしながら、目線を変えてみよう。秋の草花に寄り添ってもらおう・・・。

2011年11月1日火曜日

70億人が暮らす地球

地球の人口が70億人になったという。巨大な数字であり、その影響を考えるいい機会かも。

世界人口が1804年に10億人になったのは1804年。なんと20万年以上かかったという。そして、60億人から70億人になるには、12年しかかからなかった。
10年余りで10億人増えているんですよ。そして、2050年には93億人になるという予測。

学生時代に読んだマルサスの「人口論」によればー。「人口は等比級数的に増加するのに対し、食料生産は等差級数的にしか伸びない」という「マルサスの法則」というのがあった。

食糧不足によって人口が増え続けることはありえないとしていたのだ。
でも、彼は間違っていたのかもしれない。さまざまな科学文明の“進歩”は、農業技術の開発は、生活程度の差こそあれ、飢餓で死ぬ人の率を減らし、あらゆる食糧が作られ、医療技術の進歩は高齢化社会を作り出し・・・。

しかし、いろんな意味で、世界は食糧危機にあることは間違いないのかと。ネオンが輝く街角では、毎夜、多量の食い物が捨てられているとしても。
70億人と食糧問題。

大きな地球の中の点でしかないだろうちっぽけな福島県。日本の食卓に大いに貢献してきた福島県。そこの農作物がほとんど流通しない。1年や2年ならいざ知らず、これからずっと続くであろう「汚染問題」を抱えている限り、日本の食糧事情だってどうなるのか。

TPPとの関係はさておいて。

そして思うのです。東に飢えた子供たちが、干ばつによって何も食べられない子供たちが。
西には「汚染」によって「食品制限」を強いられている子供たちが。
南の国には洪水が襲い。たぶん、食糧問題は深刻になるであろうタイ。北の国では季節外れの大雪が。

70億人が暮らす地球。地球という小さな惑星。70億人と言う人口を地球は背負いきれるのか。
70億人の「意思」とは無関係に地球の動きはなんとなく不気味だし、宇宙も・・・。

比較の問題ではないけれど、人口が増え続ける地球。人口が流出し続ける福島県。日本の人口は減少傾向。

津波で2万人の人が瞬時にして消え、戦争で毎日死者が出て。それでも総人口は増えているということ。