2011年11月4日金曜日

“循環”で成り立っているはずなのに

福島の農業が崩れつつあるー。きょうの毎日新聞にあった記事。表現の問題ではなくその内容。

福島県の中島村。原発から70キロの肉牛農家。たまっていく排せつ物の中で動けなくなった牛たちが、じっと飼い主を見つめている。たしかに、排泄物の中に埋まった牛が飼い主をみつめている写真も。
原発事故により野菜農家が作付けをあきらめ、肉牛農家が堆肥(たいひ)の提供先を失って大量のふん尿を抱えたまま行き詰まっているというのだ。

耕作農家が肉牛農家に堆肥をもらい、代わりに餌となる稲わらを提供するという循環が成り立っていた。ところが今年は原発事故で、農家の多くが春野菜の作付けを見送った。さらに風評被害も重なって耕作意欲を失い、夏野菜の作付けをあきらめた農家も多い。この農家に堆肥を取りに訪れた農家は今春ゼロ、夏も2戸にとどまるという。
汚染された稲わらを牛に与えておらず、堆肥の検査でも問題なしとされた。それでも耕作農家の間には、地元の堆肥を敬遠する空気も生まれているという。

要旨こんな記事。耕作農家と肉牛農家の間で成り立っていた「循環」が崩れた。堆肥の行き場所が無い。

原発だってそう。発電システムは「循環」で成り立っていた。それが壊れ、崩れた。

大量生産、大量消費、大量投棄。そんな経済システムから抜け出そうとして
循環型社会構想が生まれた。
リユース、リデュース、リサイクル。

多くの瓦礫は、その処理をめぐってこの循環も壊した。

人間の体も「循環」。血液の循環。その循環が止まる、壊れると死ぬ。

中島村にとどまらないこの「堆肥処理」問題。死活問題だ。農家も牛も。
「県からはふん尿を牛舎の外に出し、別の場所で適切に保管するよう助言されているが、周囲に住宅が多く、無理に野積みすれば公害になりかねない」と農家は頭を抱える。記事にはそうある。

TPPどころじゃない。今、現在の苦境。県はどうにか出来ないのか。
記事を書いた記者さん。フォローしてください。「再臨界」「自然分裂」も、たしかに大事な報道だけど、この記者が書いているように福島の農業は崩れつつある。

氷山の一角では決して無い。循環という人知が考えだしたシステムは壊れるということの恐ろしさ。

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