2011年11月7日月曜日

落ち葉炊き・・・

きのう、近所のご主人が庭の落ち葉を一生懸命集めて袋に入れていました。
庭掃除なんですが。

きょうは木枯らしまでとはいかにものの、風があります。枯れた街路樹。落ち葉が道路を舞っていきます。どこへ行くのか・・。

子供の頃は、それこそ唱歌にもあったように、これからの季節は落ち葉炊きの季節でした。落ち葉を集めてのたき火。たき火の中には焼き芋。

そんな光景はみられません。落ち葉のたき火が「禁止」されているのかどうかしりませんが。

樹も葉も土も。みな汚染されているという認識の中で。行き場を失っている。
「落ち葉が堆肥となるように・・・」。土に落ちたワクラバは雨に打たれ、人の足に踏まれ、腐葉土となる。それが、やがて新芽を出す。
落ち葉には落ち葉の使命がある。
この自然の「摂理」が、これからは壊されてしまうのか。


「風立ちぬ いざ生きめやも」。堀辰雄のこの一語をどう読めばいいのか。
落ち葉に送るエチュードに聞こえる。

「風立ちぬ 今はもう秋 きょうから私はこころの旅人」。昔流行った松田聖子の歌。

その歌を聞いていた亭主も今や濡れ落ち葉。だけど、いろんな風に巻き込まれず、風に流されず、オバカな世間の風は聞き流し、寒立馬のように、この地に立ってます。

2 件のコメント:

TACO さんのコメント...

亭主さま
今日の仙石原のススキは満足しているように見えました。大勢の人を喜ばせて。
自然の摂理には素直に従いましょう。

「木の葉」星野冨弘
『木にある時は枝にゆだね 枝を離れれば風に任せ 地に落ちれば土と眠る。
神様にゆだねた人生なら 木の葉のように一番美しくなって散れるだろう』

亭主 さんのコメント...

tacoさま
さすが富広さま。うまいことおっしゃる。
そうなんだよね。それを「我欲」が邪魔をする。

「ウソ」で始まった東京五輪のこと。

このブログで何回も書いて来たつもりだ。 担当しているラジオの番組でも何回か言って来た。 「2020東京オリンピック反対」と。「開催を返上しろ」と。 復興五輪と言う呼称も名目だけ。五輪にカネはかけても被災地は蚊帳の外。 酷暑の中での、マラソンなどに投入された国土改革の...