2011年11月8日火曜日

冬立ちぬ

今年の暦ではきょうが立冬。日差しはあるものの、どこか寒く感じます。

いよいよ寒さの到来です。北海道ほどでは無いにしても、東北地方の冬は厳しいです。その厳しい冬を過ごすため、いろんな準備が始まります。

灯油、タイヤ交換から始まり、着るものも。滑らない靴に至るまで。

今度の冬は節電の冬です。3・11、まだ寒かった時期。停電で暖房かなわず。

その体験からでしょうか。今年はファンヒーターではなく、昔ながらの石油ストーブが売れているようです。在庫払底という店も。

多くの人が、あの小雪の舞う中、一晩も二晩も、津波を逃れ、野ざらし状態で耐えた。

そして、原発避難者含めた「仮設生活」。仮設のつくりは「間に合わせ」。断熱材の使用などほとんど無しでしょう。

エアコンはついていますが、電気代が問題。節電の意識だけは忠実に持つ。隙間風あり。結露はたまる。床からの冷え込みも凄いでしょう。電気カーペット使うのか。

石油ストーブは「怖い」そうです。いつ火事になるかの不安。いったん火がでれば仮設は軒並みやられる。防火装備なんてないのだから。狭い仮設。ストーブにつまずいてなんて光景、十分に予想される。仮設には高齢者多い。

着膨れして体を丸めて、この冬をやり過ごすしかないのでしょう。行政だって、ボランティアだって、完璧な対策は取りようがない。

郡山は風の街です。風が強いところです。多数のひとが居た避難所のビッグパレット。その界隈は特に風が強い。隣接して建てられた仮設。
人は表に出ずに4畳半の部屋にこもるでしょう。人影は見えなくなるかも。

空き地だったところに出現した仮設住宅群。そこを「街」とは誰も呼べない。
被災地に大雪降るな。暖冬であってくれ。そう願ったところで、自然は、気象はその願いを聞き入れてくれるかどうか。

国会はきょうから予算員会。繰り返される「謝れ」「誰の責任だ」。声高に言われる声は被災者をダシにしたような「選挙目当て」の大声にしか聞こえない。
北風と太陽のイソップ寓話じゃないけれど、国会に吹いているのも北風。

寒さに耐えながら、心も冷えてくるでしょう。こころを暖める術も持たないまま、言葉も呑み込んでしまい、怒りすら忘れてしまったような民草がいること。

立冬に思うこの国の現実の姿の一つ・・・。

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