2013年5月14日火曜日

「負けてたまらんに」~方言の力~

一昨年、郡山市内でも「がんばろう福島」「がんばろう東北」というステッカーを貼った車で溢れていた。たしかにそれらは一つのメッセージだった。

時々通る国道4号。その一角に大きな看板がある。
「がんばっぺ福島」と大書されていた。「がんばっぺ」、もちろん方言だ。方言だからこそ力を貰ったような気になる。

その看板の表記が最近変わった。「負げてたまらんに福島」に。負けてたまらない、負けてるわけにはいかない。

次のステップに進んだんだ。頑張ろうから、負けないぞに。

方言による“発信”。伝わるものがある。何に負けないのか。主語は無い。だからいい。相手を特定していない。そこに自分達も含まれている。

そう、負けてはいられないのだ。国でもいわゆる風評でも、なんでも。全ゆるものが包含されているのがいい。

きょうは塾の日。塾では、震災前まで、「言葉」について話して来た。最初の講義は、「昔、言葉は思想であった」というお題。
時にはコンビニ敬語を批判し、マニュアル敬語を非とした。
「よろしかったですか。なんとかになります」などなど。

そして文化としての方言という話もした。方言にはそこの地域文化があり、伝統や、その地に成り立ちもわかるようなものさえある。

島根県では小便のことを「ダラ」という。会津の特に南会津地方の方言にも「ダラ」がある。

震災後、お水くぐりの聖書。ケセン語に“翻訳”された聖書の話をした。
カトリック信者である医師、山浦玄嗣さんのライフワーク。津波の中を生き残った聖書。入手して読んだ。意訳も含めたケセン語の聖書。その地方の信者にはこれほどわかりやすいものはないのだろう。

ケセン語。それはアイヌ語に由来するとも言う。切り立った崖とか、末端とかの意味だとも。漢字の気仙はヤマト朝廷が漬けたものだとも言う。そして今の気仙沼とは違う、大船渡界隈がケセン地方だったとも。

八重の桜で話題になっている会津弁のことは敢えて問うまい。福島でも会津弁と中通弁、浜通り弁は皆微妙なることも含めて異なる。
歴史の過程で根付いた方言もある。郡山の「ばい」。なんだばい、いいばい・・・。

震災で、その地域でしか使われていなかった方言が、土地の言葉が、その地が無くなることによって「消える」運命にあるという。東北大学の方言学の先生がそれを危惧している。
福島県の南相馬や浪江、双葉では森のことを「エグネ」「カコイ」と呼んでいた。
言葉は使われなくなるとその生命を失う。いくら文献の残しても、それが日常に使われていないと“死語となる。

震災が、原発事故が、方言をも亡くしたと言うこと。

方言は「こころの拠り所」なのだ。

避難した人たちは、避難先で地元の言葉、方言、福島弁を使うことをことごとく避けているという。
いわば「出生」を隠して生きているとも聞く。喋れないから“寡黙”になる。それがストレスとなる・・・。

恐れるな。高らかに喋れ、使え、「方言」を。

「負げてたまらんに」なのだぞ。

7 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

いつも米沢市から拝見して参考にしています。
私のホームページからリンクもし、ネットでも
紹介させていただいてます。

亭主 さんのコメント...

unknownさま

コメントありがとうございました。
米沢からとはなんとも。有り難いです。
今後ともよろしくお願いします。

亭主 さんのコメント...

unknownさま
HPアクセスできませんでした。
よろしければURL貼ってくださいませんか。

まちりの さんのコメント...

投稿の仕方に迷いunknownになり申しわけありません。
URLを入れました。
そのページからリンクさせていただいてます。

あるSNSで、書かれた記事を時々、紹介して
ますが、みなさん共感されてます。

亭主 さんのコメント...

まちりさん
URL載っていませんけど・・・。

まちりの さんのコメント...

URLを入れました。
まちりの をクリックするとリンクするようですが
こちらにも書いてみます。

http://jalk.sakura.ne.jp/misc/link_e.htm

亭主 さんのコメント...

まちりのさん
ありがとうございます。
拝見しました。

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