2013年5月22日水曜日

「政治」とは・・・、地方で思うあれこれ。

政治というと、それはとかく「永田町」のことであり、「霞が関」のことだと、「国」の事だと考えがちである。

地方自治体は・・地方自治法という法律によって、国と地方は“分けられて”いる。
建前上は「国」と「地方」は別々の統治機構とされている。国税があり地方税があるように。当たり前のことだけど。

大阪の橋下市長は名言した。「市長と言う政治家である以上・・・」と。そうだ。知事も市長も市長村長も、県会議員も市会議員も町村会議員も、皆、政治家なのだ。

とかく政治と言うと国のことと思いがち。身近にあった政治。ある政治。

橋下は連日テレビに顔を出し。長口舌をたれる。“お説教”までたれる。マスコミは橋下というと飛びつく。顔の見える政治をやっていますとばかりにしたり顔の橋下。

囲み取材を止めるとすねてみたり、舌の乾かぬうちに復活させたり。

とにかく目立つことが好きなんだろうな・・・。発信してる気なんだろな。

大阪から遠く離れた福島。県知事という方がおられる。
ま、とにかく「顔」が見えない。見ない。時々見るのはなんかの立ち会いや陳情くらいか。

県議会議員という方々もおられる。これまた日々何をやっているのか。さっぱりわからん。
少なくとも一昨年以来、県議会は通年議会にし、連日議論があっても然るべきだと思うのに。

黙して語らぬ知事。ケディアに露出しない知事。

これだけの被害を受け、様々な“被害”を被っている福島県。他県の人は言う。
「なんで福島県人は黙っているんだ」と。そこには非難の意が込められている。

黙っているわけじゃないんだよね。もし、仮に県知事が橋下のような弁舌さわやかな人だったら・・・。福島の“怒り”はもっと全国に伝わっているとも思うのだけれど。

時には舌禍事件を起こそうとも、怒りをぶつけ、福島の現状を語り、メディアに露出させる。県民の代表として当然だと。

語らない知事を県議は叱責もしない。

あげく、多くのことが、住民との直接対話ということに収斂されていく。住民合意。

間接民主主義は機能していない。直接民主主義を求めているような。

福島にいて、今の知事や県議を見ていると、今の地方自治の一つの実態が見える。そこには県民によって選ばれた議員がいて、知事がいて・・・。その構図が機能していないということ。

雄平くんよ。キミがだんまりを決め込んでいるから福島県民はバカにされるんだよ。何にも言わない、怒らないと。

わけのわからんことを喋りまくる市長を持った大阪市民が幸せだとは思はない。
だけど、喋らない知事を持った県民はやはり不幸だと。

声の大きい橋下には、国会議員も気を使う。すり寄るものもいれば離反するものもありだけど。

声の小さい、声が聞こえない県知事には、国会議員も官僚も、その存在すら意に介さない。

福島を「忘れさせている」のは知事その人なんだとも思う。

県民税の一部は語らぬ知事や存在感の無い県議先生のために使われているということ。

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