2013年5月6日月曜日

青い空、青い山、そして青い窓

きのうの子どもの日、隣家の子供3人が“乱入”。父親は仕事、車関係の会社だから。母親はぎっくり腰、小学生と幼稚園児の孫抱えて祖母は扱いかねて・・・。

外出出来なかった子供たちは相当のストレスを抱えていたようだ。兄妹で大喧嘩だった由。

しばらく我が家で階段をのぼったりおりたり。他愛も無い遊びですっかり笑顔を取り戻し、ポーズ作って写真撮影。ご満足の御様子でした。

きょうも空は青いです。空は高いです。田んぼにはトラクターのエンジン音が響いています。

遠くには白い雪を頂いたままの山が・・・。

まだ仕舞われない鯉のぼりが泳いでいます。
♪屋根より高い鯉のぼり~~~♪。子供の頃、歌だけは歌っていました。

田舎といえども屋根より高い鯉のぼりはあまり見かけなくなりました。

浪江町では町民挙げて鯉のぼりをあげたそうです。全国に寄贈を呼び掛けて。

大空にはばたく鯉のぼり。

何もなくなった場所では、それこそ遮るものとてない。

鯉のぼりは高い。高いから鯉のぼりの意義がある。

鯉のぼりを吸い込んでいくような空の青さには、漠然とした“希望”のようなものが見えるような・・・。

津波で流された東松島市。大曲浜地区。弟が好きだったという青い鯉のぼり。お兄ちゃんが全国に呼び掛けた。青い鯉のぼりが300匹寄せられた。

300匹の鯉のぼりは、あの青い空にいる弟の手に余るような。

全国的な人口減。福島県の小学生は10万人を割った。震災前から1万9千人減っている。

住めない地域が出来た。人の数も減っている。縮む福島、縮む日本・・・。
経済成長の名のもとに「大きな国」を目指そうとする政治家、財界、大企業・・・。

分け入っても分け入っても青い山

人生を“崩壊”させた山頭火の彷徨の中での句。

青い山は五月を謳歌するに相応しい言葉だ。しかし、山頭火の言う青い山とは・・・・。

郡山にある児童詩誌「青い窓」が先日、五月一日に創刊55周年を迎えたという。55年間、子供と共に歩み、子供を見つめ、見守って来た詩集・・・。
例え、その数は減ったとは言え、子供の青い心を吸い込んでくれる詩集の世界があることを、あり続けることを願う。

青いシャツを着てみる。その青がボクの心を「限りなく透明に近いブルー」にさせてくれるのか、「限りなく絶望に近いブルー」とさせるのか。
鯉のぼりが泳ぐ空のような青さでありたいと思って・・・。

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