2014年7月1日火曜日

7月の憂鬱な始まり

朝、犬の散歩。いつもと違うコースで初見の犬に出会う。飼い主のおじさんがいた。話好きだ。
「避難区域で保護された犬だ。保健所に保護されていたのを一年前にもらって来た」と。
やっと慣れたという。餌を食べるようになったという。ドッグフードは食べない。食べるのは米と野菜だとか。そうか、農家にいた犬なのかもしれない。

まだ保護されたままの犬は多いという。

最近見かけない近所の「キーウイー君」の所に回った。いない。お母さんが二回で洗濯物を干していた。声を掛けたら駆け下りてきて・・・
6月4日に亡くなったとのこと。しばらく前から弱っていたが、大好きなウッドデッキにあるソファで寝ていた。飲み会があったお父さんが帰ってきた。お父さんが声を掛けると尻尾を二回振って息絶えたという。帰りを待っていたんだなと。

近所の知り合いの犬が通りかかった。名前は「ピースくん」。どこか寂しげだった。

2014年7月1日の朝の光景。

去年とは違う憂鬱な7月が始まった。一部の物価が上がる。ガソリンも上がる。身の回りの憂鬱。

そして、この国のこと。集団的自衛権をめぐること。

昨夜は大勢の人が官邸前に詰めかけ、解釈改憲反対、平和憲法を守れ、安倍内閣打倒と叫んでいた。

官邸から公邸に移動する安倍の姿をカメラがとらえていた。賓客はブータンの首相。デモの声を耳にしながら安倍の顔には、それを睥睨するような薄笑い。
昼間見た安倍の姿。官邸内。彼の眼をいつも凝視することにしている。きのうの彼の眼には、鋭さがあった。それは“狂気”を内在しているようにも見えた。

1961年。安保改定。国会議事堂前にいた。今では想像もつかないような過激なデモ。こだまする「岸を倒せ」、「安保反対」のシュプレヒコール。
樺美智子さんが死んだ。全くのノンポリ学生は、小突かれ水を浴びせられ、騒乱の中の夜空を見ていた。

院内では見事なまでに醜い強行採決が行われていた。清瀬議長の入場を阻止しようとした野党の議員や秘書。機動隊導入が”決断“され、そう、その中には機動隊だけではなく松葉会のメンバーもいた。ごぼう抜きに排除され、抱えられて議場に入った議長はマイクにしがみついて可決を告げた。
採決に加わった自民党議員は233人。河野派、三木派の議員、もちろん野党議員も採決には加わらなかった。

国会前の、官邸前のデモはまったく穏やかなものになった。棍棒も放水車も無い。ジグザグ行進も無い。振り下ろされる警棒も無い。

きょう閣議決定される。集団的自衛権の限定的行使が。

彼らにとっては“快挙”であろう。僕にとっては“屈辱の日”となる。

地方議会が、閣議決定に異論を発する。意見書を採択する。青森市議会では党の決定に背いて、自己の意志として“反対”に回った議員がいる。

その地方議会の数は139議会に及ぶ。そこには残念と言うか、当然と言うか郡山市の名前は無い。福島であるのは南相馬市と石川町、そして三春町。
自由民権運動が盛んだったとされる歴史を持つ市や町。

その議会に対して、高村や菅は言う。一応安倍の側近とされている人達は。
「たとえ地方議会といえども、もっと勉強しないと」と。

やがて行使に向けた関連法案が国会に出る。そこで十分議論すればいいとくる。
論理のすり替えだ。「まだ議論が熟していない」という地方政治家への反論。
地方の議員だってもう十分に勉強している。なまじっかの国会議員よりも熟知している。

地方の出身者でありながら、地方を卑下するその高飛車な言辞。中央の言うことを聞けとする中央集権思想をそのまま押し付ける言辞。

もしかすると国会議員は“二重人格”なのかもしれない。そこに“生息”していた長い経験で、そのことを知っている。
そして祖父の時と同じような光景が、関連法案の採決でもあるのか。無いだろう。表のデモが穏やかになったように、院内の野党は、野党足り得てなにのだから。

今夜も抗議行動があるという。

夏の気配の7月のはじめ。なぜか、ほとほと憂鬱なのだ。キウーウイー君への手向けの花を求めていくつもり。ピースくん、また会おう。

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