2014年7月12日土曜日

「福島に連れていくな」と「福島の海を見よ」と

週刊朝日の記事が目に留まった。作家というかテレビのコメンテーターというか。
室井佑月の「しがみつく女」というコラム。
そこにこんな事が書かれていた。

「テレビを観ていて仰(の)け反(ぞ)ってしまったよ。あたしが観たのはテレ朝のニュース。ニュースではこういっていた。

“原発事故による風評被害の払拭に向け、政府は、修学旅行先として福島のモデルコースを設定し、全国の学校に提案することなどの強化策をまとめました”

  福島県では子どもたちに甲状腺の検査を受けさせ、2次検査で穿刺(せんし)吸引細胞診を受けた子どものうち90人が悪性または悪性疑いとなり、51人が摘出手術を実施し、50人が甲状腺がん確定となったという。

 このことについて福島県は、過剰診断じゃないかといっているが、「被曝影響の解明の仕方については今後、検討する」ともいっている。

 つまり、放射能の影響かどうかまだわからないといっている。

 あたしはなぜ、全国の子どもたちをわざわざ福島へ連れていかなきゃいけないのか理解できない。

 逆じゃないの? 福島の子どもたちを、被曝の影響があるかどうかまだわからない場所から、一時でも避難させたほうがいいのでは……そういう考えになぜならない?

 事故当時よりはずいぶんマシになったとはいえ、まだ汚染水は漏れているし、まだ放射性物質も漏れている。そして、一歩間違えばさらなる大事故につながるといわれている燃料取り出し作業をしている最中だ。

 政府は福島へいって(住んで)「大丈夫」という人間が増えれば、それが真実だっていいたいのか。

 だとすれば、健康被害を受けたといっている少人数の人間は、嘘をついていることになるのか。大丈夫じゃなかった人には、大丈夫じゃなかったということが真実だろう。

 政府の意見が正しいことの証明に、子どもを使うのはやめてくれないかな。大丈夫であることの証明に、子どもを使うって野蛮すぎる。

 大丈夫じゃなかった人たちはなぜそうなったのか……そこの部分の追及・解明に命をかけることこそ、今の大人のやるべきことだとあたしは思う。」

福島に関する部分を抜き書きした。
どうも短絡的に捉えられているような感じ。修学旅行で原発事故現場に連れて行くってことではないと思うし。

現実に福島で暮らしている子供たちも大勢いる。親は“被ばく”に気を配り、“保養”も積極的にやっている。
政府の「安易な考え」を批判されるのは結構。でもね・・・。

東京にいる“有識者”の目線ってこういうことなのかとも。修学旅行に行って“被ばく”のおそれのあるところに連れて行く学校関係者はいないと思う。

長くなるが、“福島に行け”という高校の渡辺憲司校長の言葉を引く。立教新座高校の、今年の卒業式でのはなむけの言葉。「福島の海を見よ」。全文ではないが。

「私は、今、諸君がその歴史を踏まえて旅立とうとする時、一つのことを提示しておきた
い。それは生き方といった道徳的理念もしくは抽象的理想ではない。
きわめて具体的な提示だ。
“捨てて二時間福島の海を見よ”
あらゆる身の回りのものを捨てて、二時間、福島の太平洋に向き合いなさい。
二時間で十分です。二時間は長いそれで十分です。
体で海を凝視しなさい。身についているすべてのものを脱ぎ去りなさい。
携帯電話。
スマートフォン。
書物も、カメラも。
友達も、恋人も、家族も置いて行きなさい。
忘れなさい。自分を取り巻くすべての情報から離れるのです。
あまりに過剰な情報に沈黙を与えなさい。行為として沈黙を作りだすのです。
独として海に向き合うのです。そして感じなさい。
五感を震わせて海を感じなさい。
波頭をその目で見つめなさい。潮のにおいをその鼻でかぎなさい。
波の音を聞きなさい。吹く風を身に受けなさい。
息を胸いっぱいに吸いなさい。
自然を体感するのです。若き体をいっぱいに開いて感じるのです。
新聞やテレビで分かった気になってはいけない。
今からでも遅くない。否、今だからこそ。震災から 3 年たった福島の海を見つめなさい。
朝、自分の町を出れば、夜、家に帰って来ることが出来るのです。
すぐ近くで悲劇がおこり悲劇が続いているのです。
誰もいない海を見なければならないのです。
君は、大人に踏み出したのだ。
君が子供を持った時、君の子供はきっと聞くだろう。
「お父さん。震災の時何してた」と。
君が外国へ行った時、君は聞かれるだろう。
「日本の海はどうだ・・。福島の海はどうだ・・。」
「あの頃どうしていた」と聞かれるのは、君達の青春史に刻まれた宿命なのだ。
君は「忙しかったんだよ」と答えるのか。 忙しいと忘れるは、同源の語である。心を亡くすることだ。
「僕は福島を忘れていたよ」と答えるのだろうか。
福島に対して忙しいと言える者はこの日本にはいない。
福島に対して忘れたと言える人はこの日本にはいない」。



話の論点や視点は違っているのは承知だ。忌避を勧める人と、出向くことを勧める人。

週刊誌に載ったテレビのコメンテーターは有名人だ。与える影響は大きかろう。高校の校長は、いわば無名の人。その言を目にする人は少なかろう。

もっとも、室井氏のコラムのタイトルは「尊敬できない大人たち」。集団的自衛権のことも併記されている。挿絵として添えられていた漫画風のイラスト。「今年の修学旅行は福島です」「え~~、ディズニーランドじゃなにのかよ」という吹き出し。
福島への悪意は無いと思う。でも「福島」は傷つくはず。

渡辺校長の言に信を置く。畏敬の念すら抱く。

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