2015年2月20日金曜日

幼児性と攻撃性に愉悦する宰相

この人のことはあまり書きたくないし、触れてたくもないのだが。そう思いながら俎上に載せることに嫌悪感も覚えるのだが。
「バカを相手にするのはやめなさい。同じようになるから」。祖母に言われた言葉を思い出す。子どもの時の喧嘩のこと。

だけど、この人の“意志”で、この国の命運が決まって行くことに耐えられない苦痛感を覚えるから。

国会、予算委員会の質疑。きのうも民主党の岡田の質問に、色を成して答えていた場面があった。野次が飛ぶと「野次はやめなさい」と怒鳴る。
籾井と全く同次元の人格。

何回も言うが、野次を制し、委員会の運営は委員長の権限。全く持って国会の鉄則だ。

きょうは時間も無かったこともあり、国会中継はみていない。どういうやりとりがあったか定かにはしないが。

昨日の委員会で、民主党の玉木雄一郎が質問中、農水大臣の政治献金の問題を取りあげていると安倍が総理大臣席から野次を飛ばした。
「日教組はどうした」「日教組、日教組」と何回も。

野党席から飛ぶ非難の声にまた応酬する。

委員会の総理大臣席で、その人が野次を飛ばすと言う光景は初めて見た。憲政史上あっただろうか。吉田茂の「ばかやろう」だって野次で言ったことではない。答弁席で言った。

野次を嫌う首相が野次を飛ばすということ。

まして玉木は日教組出身では無い。東大法学部卒の大蔵官僚だった男。
政治献金のことを持ち出されて、「日教組どうした」と言うのは、かってあった
日教組加盟組合による民主党議員への献金事件を指したということなのだろう。

農水相の問題を逸らし、問題無しとする自己弁護の為に持ち出した、過去の事件のこと。

玉木は「日教組の話はしていない」と応酬。委員長の大島理森がたまりかねて、「ヤジ同士のやりとりをしないで。総理もちょっと」と言い出す始末。

「あきれて物も言えない」とはこのことだ。

安倍の中には限りない幼児性と攻撃性が存在している。意に沿わない質問に対しては、論点はどこへやら、やたら攻撃的に応対する。理性のかけらもなくなる。これが一番怖いのだ。

「イスラム国」の時もそうだ。咄嗟に言ったこと。テロには屈しない。テロと戦う。それが事件をより深刻なものにした。

守りに弱い人は攻撃するだけで相手を屈服させようとする。

そして幼児性。無関係なことまで持ち出して溜飲を下げようとする。

「祖父、父、そして支援してくれる方々のおかげがあって今日の地位についた」。
きのう、そう言っていた。祖父や父の庇護のもとに育てられたお坊ちゃまそのものだ。
政治家としての「教育」はゼロ。晋太郎さんも草葉の陰で悔やんでいるのかもしれない。

総理大臣に求められるのは、「品性」だ。「品格」だ。彼のおかげで日本人の品性、品格も疑われかねない。

いや、国民の半分が、すでにしてそういう品格になっているということか。

施政方針か所信表明か。演説原稿がどこかに撮影されていた。漢字にはおおむねルビがふってあり、「拍手」「水を飲む」というト書きもついていた。

かつて麻生太郎の“読み違い”が多々あったことに、事務方が懲りて書いた演説にルビをふったのだろうが、それって官僚に、事務方に結果「バカにされている」ということではないのか。
”所詮、首相なんてその程度」と。ルビがふられた原稿を「バカにするな」と蹴飛ばしてこそ宰相の器なるぞ。

堕ちている、堕ちている。この国の政治の有り様は。

攻撃的性格の人は、“敵”の攻撃になにがなんでも、理性をかなぐり捨ててても立ち向かう。

安倍を“攻撃”する、“批判”する勢力がある限り、彼はなんでも反対の立場に立つ。再稼働反対のデモと音が官邸を囲む限り、彼は再稼働に走る。事の理非曲直はどうでもいいのだ。自分に刃向って来る奴が許せないのだ。

沖縄問題だって然りだ。

ばかばかしい、見苦しい。だから言う。大島理森がたしなめたように、自民党内部から、安倍を戴くことへの疑念が生まれるべきだと。
自民党は安倍と一緒に「心中」してはならないと。

なんか、悲しい・・・。

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