2015年2月23日月曜日

「お上」と「ジャーナリズム」と

どうも日本人は「お上」という言葉が好きなようだ。馴らされているということか。「お上」に、それのやること、いう事に反発心を持ちながらも、“長い物には巻かれろ”じゃないけれど、世の中をわたっていく都合上、その存在に意義を持たせているような。

「上の者を出せ」「上のものに相談します」「上からの意向です」・・・。

上には逆らえない。

殿さまを「上さま」と呼んだ。「上位下達」という言葉もある。

「上」の意向で世の中すべてが決まるのか。決まっていいのか。「上」とは権限をもった人。権力者。
最高権力者としての安倍晋三。

あの人が最高権力者である、その地位にいるということが、すなわち今の「日本」という国をいろんな意味で象徴しているとも思えるのだが。

「お上」のお目付け役は誰だ。「お上」に物申すのは誰か。

それが「ジャーナリズム」ではないかと思っている。

昔、田中角栄がこんな話をした覚えがある。
「君たちは、年がら年中わしらを批判する。どんどん批判しろ。それが君たちの仕事だ。そんな批判をされないような政治をやる。それがわしらの仕事だ」。

彼は自分を批判する人間を忌避しなかった。いや、むしろ批判する人間を受け入れようとすらした。懐の深さを感じたことがある。

彼は本能的にジャーナリズムというものを認めていた。それを“善”だとして。

結果論としてそれが“正解”だったかどうかは別問題だ。

批判勢力、反対勢力があることでこの国はよくなるのだと思っていたような節があった。

ある日、朝早く目白の私邸に行った時、事務所の応接間に右翼の青年がいた。あの戦闘服を着た。その青年がどうやって面会できたのかはわからない。
顔面蒼白になって、何かを語っていた。それが日中問題だったか、金権もんだいだったか。政治的抗議あったことは間違いない。その青年の背後には秘書がすぐ抑えられるように中腰で身構えていた。その青年に対して角栄は滔々と持論を語っていた。そして「わかったか、わかったなら帰れ」と言った。帰った。

その後角栄が言った一言。「なんだ、かんだと皆、わいわい言ってきやがる。それもまたいいことだ」。おしぼりで顔を拭いた。

懐が深かったと思う。来る者拒まずの態だった。

今のお上には批判を許容する姿勢全くない。許容どころか、批判勢力を徹底的に排除しようとする。攻撃されると、物凄い勢いで反撃する。受け止めるという度量も存在しない。

いつの間にか、この国からはジャーナリズムなるものも衰退していったような気がする。

ジャーナリズムとはあくまでも「批判精神」を持つということだ。単に起きた物事を伝えているとういうのはジャーナリズムでは無い。

権力を恐れ、それになびかないまでも、批判精神を失っている。

戦後70年ということで「安倍談話」が出されると言う。その談話を作るために「有識者懇談会」が作られた。

有識者懇談会・・・。最近の政界の風潮。第三者委員会なるものも然りだが、なんでも「隠れ蓑“を作り、世論をくみ上げたような体裁を作る。

その有識者懇談会にはマスコミ人も入っている。読売、毎日の記者だ。それは「取り込まれた人」にも等しい。
その会議は政府が主宰し、主導で開かれる。議事の進め方にしても官邸や内閣府の書いたシナリオに沿って行われる。

下世話な話かもしれないが、いくらかの報酬だって支払われるのかもしれない。

その二人の新聞記者の意見がどこまで“採用”されるのか。入った人も入った人。それを認めた会社も会社だ。「お上の意向」には歯向かえぬということか。

ジャーナリズム、それは在野に於いてこそ可能なものだと思うのだが。

「総安倍化」の風潮が増してくるような・・・。

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