なんでテロが起きるのだろう。なんで戦争があるのだろう。
もし子供にそう聞かれて確かな答えを人は持たない。今起きていることだってうまく説明できないだろう。
格差、貧困、差別・・・それが根源だという人もいる。
人間の「欲」だとも思う。
人類の歴史は「戦争」の歴史だということ。
それは大昔からそうだった。戦争が歴史を作ってきた。歴史を語るという事は畢竟「戦争」に行き着く。
日本の歴史、近代史に至るまで「戦争」を抜きにはこの国の歴史は語れない。
戊辰戦争、日清、日露、太平洋戦争・・・。
今年の位置づけは「戦後70年」。
ヨルダンのパイロットはすでに殺害されていた。その画像が公開されると、ヨルダンは女性死刑囚の刑を執行した。
「テロ」という名の、その事象を巡っての報復の連鎖は続くのだろう。
憎しみの連鎖、憎悪の連鎖、報復の連鎖・・・。
テロの被害者である日本の首相も、自らの言葉として「罪を償わさせる」と断言した。
もちろん、戦争を仕掛けるという直接行動では無く、国際司法裁判所に訴えるなどのことを指したのだとは思うが。
そして、この国はテロの標的とみなされるようになった。
事の発端はイラク戦争だ。アメリカ軍のイラク攻撃。2003年。アルカイダからイスラム国へとつながる中東のテロの系譜。
ロシアとウクライナもしかりだ。大国は軍事力をもって制覇をはかる。
アメリカが「アメリカ」で有り続ける限り、戦争は終わらないのかもしれない。
そこに常に犠牲者、死者が出ることを、もう誰もおかしい事と思わなくなったのか。
ハンナ・アーレントの言う「悪の凡庸さ」が正当化されてしまっているのか。
ル・バンの言う「群衆とは」の中に世界中が組み込まれてしまっているのか。
「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」。
あのワイツゼッカーの言葉は、投げかけたメッセージは“戦争指導者”の眼にもとまらず、耳にも届いていないのだろうか。
戦争の原因は「欲」だと書いた。そうだろう。領土欲、資源獲得欲・・・。
同じイルラム圏での戦争。石油資源をめぐる争い。
エネルギーと言う、それを必要とする、それが絶対だとする世界が出来上がってしまった。
戦争放棄を宣言した憲法を「いらない」という日本人も増えている。
「この前までは、ニッポン・ジャパンと書いて服を着てればシリアでもイラクでも人々は歓迎してくれていた。それが出来なくなった。国名を隠さないと危険だ。悲しい」。現地にいるNGOの人が言っていた現実。
難民支援を民間ではできなくなったという現実。軍隊に守ってもらわねばそれが出来ない。いや、軍隊が出来ないから民間が行っていたはずなのに・・・。
宗教戦争・経済戦争・・・。戦争と言う言葉が何にでも適用されるということ。
多分、好戦的言辞を吐くオバマ、それと同じ言葉をつかう日本政府。アメリカのいう「有志連合」は「イスラム国」への軍事行動を激化させるだろう。ヨルダンもそれに加わる。
「イスラム国」を軍事力で壊滅させられるのか。無理だ。その“思想”(悪としての)持った人たちは世界中に散らばっている。その“思想”に懲りかたまった奴らを無くすことは不可能だろう。
だからこの平和憲法なるものを国是としているはずの日本だって標的にされ、すでにして国内警備、警戒が最大課題とされている。
在外邦人だって危険にさらされている。
それこそ大きな「国富」の損失だろう。原発国富論を言う人達よ。
テロ・戦争。21世紀をくくる言葉になってしまったような・・・。
そこから抜け出す出口は無いような。その迷路の中で、自分の思考としての出口を見つける作業をしなければ・・・。“盲目になった”日本人にはなりたくないから。
“目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。-そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった”。
後藤健二さんのツイートにあった言葉を考える。
2015年2月4日水曜日
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