2011年3月22日火曜日

この国の姿 その4

大震災から10日。様々な人間模様を見た。聞いた。

ある中華料理店は地震で店内がめちゃめちゃに破壊された。夜を徹して半分だけのスペースをつくり、翌日から店に明かりをつけた。郡山は停電しなかったので。
「我々は食べ物屋だ。それをやらないでどうする」。翌日、災害対策本部に並び給水を受けてチャーハンだけは出せるようにした。米はあったから。心を込めてチャーハンをシェフは作ったという。

夜、年配の婦人が明かりを頼りに一人で来店したという。疲れ果てて。ご主人が東京に行っているのでかえってこない。どうしていいか恐怖でと。

振る舞われたチャーハン。老婦人は涙を流しながら食べたという。「このチャーハンの温かさは一生忘れません」と。その言葉に店の夫婦も涙したという。ほとんど寝ていないことも忘れて。

赤木の喫茶店ドンモナミも水を73歳のご主人が給水所でもらってきて自宅をほったらかしにして営業始めた。

顔なじみがどうしているかと来てみると店やっている。「こんなに、ここがあってほっとしたことはない」。異口同音に常連さんはお互いの無事を喜びあったという。

亭主が見たところ多少の不行儀な大人がいてもスーパーや買い物で混乱は起きていない。
ガソリンスタンドには何百メートルという列が出来ている。

被災地では子供たちが大活躍しているという。親を失ったこどものボランティア活動に精を出しているという。卒業式で唄った合唱。避難民はその歌声に涙とどまることをしらなかった。

郡山を”脱出”した人が2万人あまりになるという。理由はいろいろあるだろう。友人はマンションが居住不能になったし。

東京に行った人たちは”いじめ”にあっているという。電車に乗った時、子供の制服に福島と書いてあったのを見た東京の”ご婦人”が言ったという。「放射能に汚染されているんだから乗らないで」と。牛乳とほうれん草を口の中に放り込んでやれ。いくら飲んでも食っても問題ないんだ。婆の健康は犯されない。子供は心に大きな傷をもらった。

原発の電気は皆関東の人たちが使っていた。東京のきらびやかな生活は福島県から送られた電気で成り立っていた。首都圏の皆さん、もう、いくらなんでも、それは知っているよね。

東京では何におびえているのか。食料品などの買いだめ、買い占めが横行している人がいるという。悲しい我が東京。

被災者救済をかたっての詐欺が横行しているという。宮城県の被災地では津波に流された家のあとをほっくりかえして金庫を盗んで行く奴らもいる。見かけない顔だから、ボランティアかと思ったら火事場泥棒だった・・・・。

どこまでが偽善で、どこまでが本当の善意か。見極める余裕が無い。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...