2011年7月1日金曜日

流浪の民

福島県は合唱王国といわれています。中学校から高校まで、全国合唱コンクールで常に上位に入賞しています。

合唱部の子供たちが、多分一度は口にするのがシューマンの歌曲「流浪の民」。さまようジプシーを詠んだ歌。

今、福島県民の中の16万人が流浪の民と化しました。いや、それだけではない。避難区域ではないけれど、子供の事を心配して遠隔地に「疎開」している母子が多数います。新潟県のホテルは今月、7月で終わり。また“転居”です。

家というのは人の営みの拠点です。
鴨長明の方丈記。彼がこの書でこだわったのは家のことです。末法思想の中にあっても諸行無常の世にあっても「家」にこだわり続けた。

津波で家を流された多くの民。その人たちの大多数は、その場にとどまって、家の再興を図ろうとしています。

住む家はあるのに、住み慣れた家はあるのに、そこを追われて各地を点々とさまよう原発避難民。

計画的避難区域に指定された飯舘村は、昨日をもってすべての村としての機能を失いました。郵便局が閉鎖され、路線バスも廃止路線となり、スーパーも営業を止めました。ガソリンスタンドも営業を終えた・・・。まだ、人は残っています。しかし、人が生活していく環境は無くなってしまった・・・。村は「消えた」のです。いえ、「消しさられた」のです。

新たに設けられた「特定避難勧奨地点」。新たに113世帯が営みを放棄します。

きょう川内村から避難してきていて、避難所から仮設に移り住んだ“バアチャン”が我が家を訪ねてきてくれました。ビールを持って。
「あの時受けた恩は一生わすれないからね、死ぬまでわすれないからね」と。

忘れて頂戴。近い将来川内に帰ったら、郡山の生活なんて忘れなさい。

一号機、3号機の爆発で色めき立った政府。なんでもかんでも避難しろの同心円。
自然エネルギーがなんたらと自然派を標榜するバカが恐れおののいて強制した20キロ30キロの避難。自然を言う男が自然の働きに目を向けていなかった。
放射能といえども風には逆らえない。風が運んで行くことを想像すらできなかった。スピーディーの計測を無視した。事情がわかってきても、なんでもかんでも避難、避難。勝手に逃げなさい。号令かけてそれで終わりの責任逃れ。

政治のやることではない。官僚の作文と同じ。

豪華で安全な“社宅”(伸子夫人の弁)に居ては、流浪の民の心境なんて想定外でしょう。

シューマンの曲の歌詞の一節。
「慣れし故郷を放たれて、夢に楽土を求めたり」。「ねぐら離れ鳥鳴けばいづくに行くか流浪の民・・・」。

「菅、どうした」「宰相不幸社会」。民主党役員室にあったという落首に納得。

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