2011年7月12日火曜日

宮沢賢治を今に

東北地方もきのう梅雨明け。会津地方では37度を超え。梅雨ってあったのか。
3.11以降、死語になったようなものの一つが異常気象。
地球は異常気象に覆われている感じがします。
あの大地震と大津波のせいで、これ以上の自然の災禍は無いと思ってしまったからか。火山は噴煙をあげています。海水温も変化しています。
豪雨もあれば砂嵐にも見舞われ。
3.11以前なら大ニュースだったものが、みんな怖がったものが余り語られていない。
東北地方は14日も早い梅雨明けだった。

震災後、一時、宮沢賢治の詩が言われた。自然科学者としての言や、詩人、文学者としての言。

有名な詩文「雨にも負けず」。東北をそのまま語っている。東北の歴史を、人間性を語っている。

雨にも負けず、風にも負けず。雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体を持ち、欲は無く、決して怒らず、いつも静かに笑っている・・・。

そうです。夏の暑さにも負けないようにしているのです。欲は無く、政府の無策にも怒らず、静かに笑っているのです。
今年の冬はきっと大雪になるかもしれない。

一日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ。

長い避難所暮らし。一日におにぎりたったひとつと乾いたパンを貰い。

野原の松の林の陰の小さな茅葺きの小屋にいて。

急拵えの小さな仮設住宅。雨漏り、ハエ、蚊、異臭、騒音。仲間で支えあっている。

日照りの時は涙を流し、寒さの夏はオロオロ歩き。
今年は涙を流しそうな日照りです。
来年は寒さの夏になるかもしれない。津波で田畑は奪われたけれど、原発で田畑は失ったけれど、冷害がやってくるかもしれない。天明の大飢饉のようになるかもしれない。

褒められもせず苦にもされず。

東北人は忍耐強いなどと勝手な先入観が支配する。忍耐にも限度がある。そしてすでにして「苦」にされかかっているような。疎まれはじめているような。
そのことを決して忘れない。

そういうものに亭主はなれない、なりたくない。

未来を照らす明るいエネルギーだったはずの“妄想”が未来を真っ暗なものにした。そのことに決然として怒る。人間の欲が生み出した“産物”におののく人の傍に行って、決して怖がらなくてもいいとは言えない。

喧嘩や訴訟を受けて立つ。

井上陽水さん、あなたなら、今、この詩をどう歌う?

以下、賢治の詩の全文を記す。それが読後、酷暑の中の一服の清涼剤になるであろうかどうかはともかく・・・。心の支えになるかどうかはともかく・・・。



「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ  風ニモマケズ
雪ニモ  夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲ  モチ
慾ハナク  決シテ瞋(イカ)ラズイツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト  味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ  入レズニ
ヨク  ミキキシ  ワカリソシテ  ワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ  小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモ  アレバ行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ行ッテ  ソノ  稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ  死ニソウナヒトアレバ行ッテ  コワガラナクテモイヽトイヒ
北ニ  ケンクヮヤ  ソショウガアレバツマラナイカラ  ヤメロトイヒ
ヒドリノトキハ  ナミダヲナガシサムサノナツハ  オロオロアルキミンナニ  デクノボウト  ヨバレホメラレモセズ  クニモサレズソイウイウモノニ  ワタシハ  ナリタイ

今日も酷暑です。

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