2012年1月12日木曜日

みゆチャンが帰ってきた

近所に「みゆチャン」と「かこちゃん」という二人の幼い姉妹がいます。

まだ就学前。とてもオシャマで可愛い子で、縄跳び遊びを覚えたばかりでした。
「ねえ、ねえ、ねえ」と縄跳びを迫られていました。たでさえ体力ないのに、子供の縄でとぶというのは大変なこと。背中丸めてとばないと。3回がやっと。

おかあさんと二人の姉妹は、原発事故後しばらくしてから、おかあさの実家がある愛知県に避難していました。仕事のあるお父さんは一人暮らし。お正月も一人で郡山にいたみたいです。

いつも近所にいる子供がいなくなる。さびしいことでした。

きのう、そのみゆチャン姉妹が帰ってきました。ちょっと気恥ずかしそうな表情のお母さんと一緒に。

帰ってきてくれてありがとう。また会えてよかったよ。こころから歓迎しました。

でも、今まで通りに表で遊ぶのかどうか。わかりません。縄跳びをせがまれるのかどうかわかりません。でも、いるべきところにいるべきひとがいる。

昨夜のそのお宅の灯りは妙に明るく感じられました。雪が降ってはいたけれど。

3月11日の地震の時、みゆちゃん母子は「モール」というスーパーにいました。屋内駐車場の屋根が崩れ落ち、車はペシャンコ。何キロもの道を母子は歩いて帰ってきたそうです。車はもちろん廃車。

お父さんは前と同じような車を買って帰りを待っていたようです。

表では遊ばないでも、近所の子供たちと一緒に、屋内の遊び場に行くことが出来ます。新しい車で。

みゆチャンはちょっと大きくなっていました。半年の間にみゆチャンのこころにどういう変化があったかわかりません。
3・11の前にような「普通の生活」にもどれるかどうか。わかりません。

我が家の周りの線量。最近は馬鹿馬鹿しいので測っていませんが、郡山は0,7μシーベルト前後。年間1ミリを大きく上回っています。

おそとが大好きだったみゆチャン。我慢しようね。優しいお父さんとまた一緒に暮らせるのだから。

いつになるかはわからないけど、みゆチャンとまた縄跳びが出来るようにセガワさん(みゆちゃんはそう呼びます)は体、鍛えておくぞ。

2 件のコメント:

TACO さんのコメント...

亭主さま
“ニーパーの祈り”に触発されて「フクシマの希望」(朝日新聞9月13日、耕論 震災から半年)の藤原新也さんの寄稿を読み直しました。主宰するウェブマガジンにマルティン・ルターの「たとえ明日世界が滅びようと、わたしは今日リンゴの木を植える」という言葉を掲載したら大学受験生から「読んで涙をぼろぼろこぼした。仲間と『こういう世の中だけど、前向きに生きていこうと話し合った』とメールがあった。続けて、大量飛散した放射性物質が今後人間にどんな影響を与えるか、結局専門家にもよく分からない。分からないならば「健康被害は起こりうる」という前提での危機管理が原則だ。と述べながらも、今、前向きに生きるコツは、頭より体を優先させることだ。こんな状況で頭ばかり働かせると、悲観の悪循環に落ち込む。体は生きようとする生理を持っている。それが「林檎の木を植える」ということだ。(要旨転書)
で思ったのは、子供の安全を守るため避難や疎開をする親心は理解するけれど、無垢無心の子供達を前におろおろしたりするのは放射能物質よりもっと体に悪い。身あっての心、心あっての身じゃないか。神様が与えてくれた「生きようとする生理」を信じようよ。
(よそ者だからこんな勝手なキレイごとを言えるのでしょうが・・・)
亭主さま、ばっちり体を鍛えてみゆチャン達と縄跳びをして遊んであげてください。二重跳びをやって見せてあげれば喜んでくれるでしょう。Good Job!

亭主 さんのコメント...

tacoさま
その耕論欄、読みましたよ。我が意を得たりだった。こころあるメディア(いや普通のであっても)こういう論陣を張るべきではないかと。
そうだよ、りんごの樹を植える精神だよ。よそ者、地者関係ない。
やっぱ、日本人は「頭でっかち」になちゃったんだね。
二重跳び・・・・難題だ~~。もともと子供のころから出来なかったんだし。腕立てで勘弁してもらおうかな。