2014年12月27日土曜日

「全てはテレビが頼りだった・・・」。

政府事故調の議事録、調書。おととい公開されたものの中には福島県知事や双葉郡の関係町村、その長や自治体職員の証言も入っている。

ある意味驚いた。

「避難も含め、テレビの情報がすべてだった」とされていること。

県知事は「テレビにしがみついて、冷却のための電源車が一刻も早く到着してくれないかと(願っていた)」。

避難自治体の職員は、どこからも何の連絡も届かない中、テレビの情報を元に判断を迫られていた。
避難指示が出されたことも「テレビで初めて知った」と言う。

オフサイトセンターにいた県職員も言う。「経済産業省から事前に連絡があった事項は、12日の午前6時に1Fから10キロメートルの避難指示の時のみだった。あとは報道で知った」と。

地元テレビの映像は「爆発」の模様を、そのまま伝えている。官邸で記者会見している官房長官は、テレビで流されたようですが、もっか調査中です。

1Fと東電本社はテレビ会議でつながっている。その模様は官邸含め、国は知っていたはず。

現地にはそのほとんどが伝えられていない。
テレビ報道をもとに、それぞれが判断して決めたに等しい避難行。

あの時覚えた怒りが込み上げてくる。

スピーディーの公開とてなく。

たしかに通信状況は、完全では無かった。それでもだ。
国は、東電は「伝える」という努力を怠っていた。極論すれば避難民は念頭に無かったということだって言える。

あえて言えば「無用の混乱は避けたい」という言い訳。

テレビとは何か。あらためて考える材料が提供されたと思う。テレビだけが唯一の情報源だったということ。

ならば、それ以降もテレビは正しい情報源としてあり続けていたか。
ある時から50キロ圏以内の取材自粛指令までが出された有様だったはず。

避難情報、それをどう伝えるか。再稼働が言われている原発で、それの完備が審査基準にされているのだろうか。

「情報が無い。情報が無い」。被災自治体も被災住民も、避難住民も、皆それを言っていた、問題視していたというあの時の状況。

政府の対応、東電の対応。解せないことがまだまだあるのだ。

片や、テレビ人は、これらの「証言」をいかに聞くかだ。唯一頼りにされていたメディア。
胸を張って「その使命を果たした」といえるのだろうか。

テレビはいかに在るべきか。頼りにされていたことが明らかにされた今、あらためてその「使命」を再確認してほしいのだ。頼りにされている以上、それに応える義務があるということを。

事故当時のことから離れる。昨夜NHKスペシャルは「甲状腺がん」がテーマだった。
事前収録の番組だから致し方ないのかもしれないが、その前日、県の被ばく甲状腺検査で新たに5人が疑いありとされている。
県は被ばくの影響は考えにくいと言っている。医師も「まだ2巡目の途中だから結論は出せない。慎重に評価すべきだ」と言っている。

なんであれ、患者がいることは事実なのだ。それの原因のあらゆる“可能性”を疑ってもいいのではないか。それを前提にしてものを考えてもいいのではないか。

番組で言われていたのは、「何を信じていいのかわからない」「もう考えることをやめました」という母親の声。
なんだか“隔靴掻痒”の感を否めない番組だったかなとの感想・・・。

「証言」にある「テレビが頼りだった」。その言をテレビは“記憶”してほしい。
あきらかに恫喝や依頼による影響ありと見られるテレビ。それは本来のテレビの姿では無いと思うのだが。いつも「頼られるテレビ」であって欲しいのだ。

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