2014年12月6日土曜日

冬の日

きょうは晴天の分だけ、余計に表は寒く感じる。風が冷たい。まさに冬晴れ。
狭いと言っても日本は広い。
全国を寒波が襲っているという。大雪のところも。立ち往生の車、閉じ込め10時間もとか。

寒さの中の選挙。候補者も運動員も、動員された聴衆も大変だ。ごくろうさんの一言しかないが。

なぜか大好きな三好達治の詩が浮かんできた。「冬の日」。
失意の中にあった当時の会社の役員が長野の善光寺別院のようなところに寄寓していたとき、この詩を手紙で送った。メールも無い時代だったし。

『ああ智慧(ちゑ)は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前に来て
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」』

菅原文汰のことを考えている。特別のフアンでもなかったが。
「まさに死せんとするやその言やよし」ということかもしれないが。

沖縄で短時間行った選挙の応援演説。

「政治の役割はふたつあります。
一つは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。
もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと」

餓えてる子供がいる。貧困と呼ばれる子供が10人に一人はいる。その現実。
そして、さまざまな意味で戦争の匂いがする。なんか感じる。

それでも日本人は戦争を選んだ。そう、その論考が現実味をおびて来ているの感ありだ。

特定秘密保護法が施行される・・・。

ある日突然「平和」を奪われた多くの人たちがいる。奪われたではない、失ったが正しい表現か。
そこに言う「平和」とは、特別大仰なことではない。
冬は寒いと感じ、夏は暑いと感じる。その四季を「恵み」として受け取りながら、何気ない日々の普通の暮らしをしていたということだ。

「戦後」と「災後」に通じるものがある。

そこに違いを見つけるとすれば、「戦」は人間が起こすものであり、「災」は自然の事象ということか。


石巻出身の菅原文太は、災後、被災地を訪れた。見た、聞いた、知った。肌で体験したものがある。彼はこう思ったという。俳優をやめようと。
映画を作り、映画に出ている場合じゃないと。そして農業者の道を選ぶ。

それは映画を否定したものではない。彼自身の生き方の問題だが。

そして言う。
「東日本大震災では、戦後の日本が築いてきたものが一瞬にして見る影もなくなった。被災地の状況が問いかけてくる。幸福ってなんだったのかと。
 原発もこれまで一般には考える必要のないこととされてきたじゃないか。安全神話が覆い、自分もまさか福島のようなことが起こるとは思っていなかった。だから科学技術って何だったのだと考えてみてもいいのじゃないか。

 産業革命が起き科学技術が人間に恩恵をもたらし始めて250年くらいになる。そして、現代に至り、人間が宇宙を制覇したとまではいかないにしても、そんな科学技術は万能だという意識が我々を覆っている。
 しかし、科学を中心とした発展の末に、日本人が昔からよりどころにしていた精神の土台を自ら破壊してきたことと無関係ではない。
 日本人は、自然に対する畏敬の念を抱いて生きてきた。一木一草に神が宿っていると考えた。それをいつの間にか放棄してしまって、人間としてのよりどころがなくなってしまったんじゃないだろうか」。

まさに、災後、僕が折に触れて書いてきたこと、話してきたことと合致する。

大晦日、全国の「トラック野郎」が1万台、東京湾岸に集結し、鎮魂のクラクションを鳴らすという・・・。その場に居たい衝動に駆られる・・・。

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