2015年1月11日日曜日

11日、それは“不条理”の始まった日かもしれない

今日は1月11日。あれから3年8か月の11日。あと二月で丸4年、5年目になる11日だ。
1という数字は物事の始まりの数字、記号だ。
ではそれが二つ並んだ11は・・・。アメリカの9・11もそうだったのかもしれない。“不条理”がはじまった、まかり通るようになった「悲劇」の象徴としての数字かもしれない。

あの日生まれた子供たちがいる。その子たちは、あるいはまだ母親の胎内で、あるいは保育器の中で、あるいは母親の腕の中で、母親の怯えと恐怖、守ってくれる愛情。それらを覚えているはずだ。
皆、すくすくと育ってくれているだろう。

福島県相馬市小高に住む老詩人の作品を書き写す。若松丈太郎という詩人の「不条理な死が絶えない」。


戦争の無い国なのに町や村が壊滅してしまった。
あるいは天災だったら諦めもつこうが
いや、天災だって諦めようがないのに
核災は人々の生きがいを奪い未来を奪った

2011年4月12日、福島県相馬郡飯舘村
村が計画的避難区域に指定された翌朝
百二歳の村最高齢男性が服装を整えて自死した
「生きすぎた おれはここから出たくない

2011年6月11日、相馬市玉野
出荷停止された原乳を捨てる苦しみの日々があって
40頭を飼育していた54歳男性が堆肥舎で死亡
「原発で手足ちぎられ酪農家

2011年6月22日、南相馬市原町区
家族と別れ自宅でのひとり暮らしもしたりして
93歳の女性が遺書4通を残して庭で自死した
「さようなら 私はお墓に避難します


2011年7月1日、伊達郡川俣町山木屋
計画的避難区域内の家に一時帰宅していてのこと
失職中の58歳女性が近くの空き地で焼身した
「避難したくない 元の暮らしをしたい

2012年5月28日、双葉郡浪江町
商店を営んでいた町が警戒区域となって1年2か月
62歳の男性が一時帰宅中に倉庫内で自死した
「もうこのまま戻れないんじゃないか

遺族たちが東京電力を提訴・告訴しても
因果関係が立証できないと却下されるだろう
生きがいを奪われた人びとの死が絶えない
戦争の無い国なのに不条理な死が絶えない


2012年8月に書かれたもの。

今も不条理な死は絶えない。直接死ではなく災害関連死の人の方が増えた。
まだ、それは続くのだろう・・・。

メメント・モリ。死を想う。

自分自身、時々自分の死を考える。歳をとって行くということは確実に死に近づいていることだと思う。

でも、抗うわけではないが、出来るだけ長生きをしてやろうと思っている。生き長らえて、今もある、これからもある様々な“不条理”を見届けてやる。
何の力も無いが“不条理”に抵抗し、指弾して行こうと思う。

「倚りかからず」の精神で。

不条理な死を受け入れた人たちへのせめてもの手向けとしてもだ。

やがて来るかもしれない大きな不条理に対してもだ。

「3・11」を体感して、やっと“不条理”ということの意味を知ったという、その遅すぎた知能への後悔の念も込めながら・・・。

今日も辺野古では“不条理”がまかり通っている。海の向こうからも“不条理”な出来事が伝えられてくる・・・。

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