2015年5月19日火曜日

この国を「支えてきた」人とは

午前中、いつもの病院に行った。
「経年劣化が進んでます。疲れています。目が見えにくさが進行しています」。
「とにかく眠くて眠くて」。
そんな“症状”を言う奴は病人では無い。単に加齢が進み、正しく老いているだけだ。
常用の漢方薬の処方箋を貰う。ツムラの1番と46番。葛根湯は1番だ。最初に出来たツムラの漢方薬かもしれない番号だ。46番は「ホチュウエッキトウ」。
元気を増す漢方薬。

漢方薬、葛根湯の話しから、そして今、社会問題、医療費問題の“核”になっている「投棄薬」「捨てられる薬」の話しになり、それが配置薬の話しになる。昔、日常の中にあった富山の薬屋さんのこと。
月に一回訪問、使った薬だけ清算して補充していくと言うシステム。

配置薬屋さんとソーシアルワーカーとをうまくドッキングさせて、訪問介護士もマッチングさせて、独居老人宅や高齢者の家を、「見回り」かたがたクスリを媒介にしての“支援”が出来たらどうだろうかなどと勝手にほざいて来た。

昼メシを食べに蕎麦屋に行った。ちょっと偉そうな態度の、でもまだ現役なんだろう70前後のオヤジが若い人相手に大声でしゃべっていた。
「お前な、あの高度成長期や田中角栄の日本列島改造論が盛んだった時代、そりゃ儲かったもんだぜ。俺らの若い時代はな」なんてほざいている。どうぞご勝手にだ。

こういう薀蓄垂れるオヤジが嫌いなもので、睨みつけてくる・・・。

蕎麦を手繰りながら読んでいた新聞記事は、川崎の簡易旅館の火事のことが書かれていた。

少なくとも5人が焼死している。多くが高齢者であり、独居であり、体が不自由であり、生活保護を受けている人達の、ある意味「終の棲家」だった簡易旅館。身寄りの無い人達。

火事があった川崎のあの一角。昔から、労働者のねぐらだったところだ。そう、労働力がいくらでも必要だった時代。ひくてあまただった時代。
そこから出ていけた人もいる。そこに残らざるを得なかった人もいる。

そこに住んでいた人達、そこで生きてきた人達。日本の高度成長を支えてきた人たちなのだ。労働力として。繁栄の礎だった人たちだったのだ。

なんか、たまらなく悲しい。この国を支えて来た人たちの末期が三畳一間の焼死とは・・・。

今、東京は建設ラッシュだという。東京オリンピックを目指して。そこに吸い寄せられた労働力は、東北の被災地に向かうはずの支えだったのかもしれないのに。
莫大なカネがつぎ込まれる東京オリンピック。それがすでにして計画の杜撰さが露呈し、メイン会場は屋根無しになるという。

舛添都知事ですら、その招致計画ふくめ、政治の対応に憤懣やるかたないと言う状態だ。政権に対して「万機公論に決すべし」と言わしめたほど。「最終的に誰が責任を持つのか」とまで言わさせる代物。

福島県内には、川崎に類似した簡易宿泊所が741カ所あると言う。県や保健所、消防署ではその点検に乗り出したというが。

その簡易宿泊所の多くの利用者は除染作業員だと言う。
その除染は「質」や「量」含めて、その有り様には様々問題点を伴い、帰還問題とも関係してくるのだろうが、こと“除染”にあたって福島を支えているのは簡易宿泊所を仮の住まいとしている人達だ。その人達が福島を支えているのだ・・・。

原発だってそうだ。労働者が支えている。”底辺“の労働者が。

川崎の火事。その現場にはいくつもの「物語」があるのだろう。いや、「あった」とするべきか。
他人事として語るには重すぎる。罪の意識すら連れてくる・・・。

0 件のコメント: