福島の詩人、若松丈太郎は「神隠しされた街」という詩の中に“地名”を綴っている。
“半径30kmゾーンといえば
東京電力福島第一発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町 富岡町
楢葉町 浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる“
原町の地名を列挙した詩もある。
南柚木(みなみゆのき)、八沢浦(やさわうら)、北屋形(きたやかた)、北海老(きたえび)・・・。
その地名から、その土地の歴史が伺えるからだろう。
もしかしたら、それらの地はいずれ「忘れ去られる」名前だとも考えたのだろうか。
例えば、郡山に芳賀という町名がある。昔、そこは墓場だったらしい。墓と呼ばれる地名だった。その呼び名を快くしない人達が目出度そうな芳賀という地名に変え、そこの“歴史”は知る人ぞ知るになった。
幣導内という地名があった。近くにある赤木神社で祭祀がある時、神主が幣束を持って奥の院にお参りしたという謂れからだ。
そこは今、若葉町というまったく味わいの無い町名になっている。
奥州藤原三代。頼朝追われて残党はいわき市に逃れた。藤原の名残を残すべく、平泉の極楽浄土の夢を捨てがたく、平という町名を作った。
そして、南に下ったところに泉の名を残すべく、しかし、それは「隠れごと」のようにしなければならなかったのか、白と水という字に泉を分けて白水阿弥陀堂を作った。
「地名はその地の歴史を雄弁に物語る。人の営みが歴史となり、その土地が歴史を育む」。
郡山の地名と題された口承文芸刊行物の巻頭にそう記されている。
一つの気概だ。
原発事故で将来を見通せない相双地区。埋没したもの含めて、文化財の保護に取り組んでいる人達もいる。
歴史は人の営み。
若松丈太郎の詩に「ひとのあかし」というのがある。
ひとは作物を栽培することを覚えた
ひとは生きものを飼育することを覚えた
作物の栽培も
生きものの飼育も
ひとがひとであることのあかしだ
あるとき以後
耕作地があるのに作物を栽培できない
家畜がいるのに飼育できない 魚がいるのに漁ができない
ということになったら
ひとはひとであるとは言えない
のではないか
その詩に後書きに作者はこう書いている。
「フクシマ原発の事故に意味があるとするなら、それはわたしたちが変わってゆくためのまたとない機会を得たことです。ながい将来にわたって放射能を出し続ける膨大な量の廃棄物を後代に遺すことは、不遜と言うべき行為だと、わたしは考えています。これから来る人たちへの責任と生き方を、すべてのわたしたちは求められているはずです」。
変わるというのは地名を言っているのではない。社会のありようを言っているのだと思う。
せめて最後の砦ででもある「地名」だけは奪われたく無いという静かな民草の声と読む。
東京の地名の変遷にも凄まじいものがある。消えた地名のなんと多い事かとも思う。
新宿に追分という地名は残っているのだろうか。
甲州街道を下る人たちを見送りに来た人たちが、そこで別れざるを得なかった謂れ。
初台は初台の局が「おしとねさがり」で下賜された家、屋敷のあったところだ。
文京区の春日町。春日の局の墓があるところだ。
真砂町は無くなった。たぶん本郷何丁目とかになったのだろう。
西麻布は霞町であり、麻布笄町だった。笄職人が大勢いたところだ。
「歴史認識」をめぐっての論議がかまびすしいご時世。地名は、足下の「歴史認識」のよすがかとも思って。
2015年5月26日火曜日
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