2015年5月14日木曜日

「不信」が渦巻く国にあって

「信なくば立たず」という言葉がある。論語にある「民信無くば立たず」から来た言葉だ。
社会は政治への信頼なくして成り立つものではない。という意味だ。

政治かの多くがこの言葉を「座右の銘」として、議員会館の自室に掲げている図はよく見かける。

それは「見かけ倒し」か「これ見よがし」にしか見えないのだけど。自分を律するためではなく、来客を意識した・・・。

自民党の東日本大震災復興加速本部が福島県内の避難区域について、来年度をめどに一部を解除すると決めた。政府に提言するという。

長引く避難。その「弊害」を無くす為だと言うが。

避難解除の地域とは居住制限区域と避難解除準備区域だ。
富岡の一部、浪江の一部、南相馬、飯舘村。対象は約5万5千人。

2万4千人が対象の帰還困難区域は触れられていない。

解除の条件として線量の低下、生活インフラ整備を挙げている。

そして“住民との十分な協議”をも。

これまでも居住制限区域については、解除に向けた国の説明会は開かれていない。
これまでも解除準備区域では、川内や都路で指示が解除された。

「帰っていいですよ」と言われて帰った人はわずか住民の4割だ。住民とは説明会含めて、帰還に向けての話し合いがもたれたが、多くの住民は国の説明に納得していない。

もう、あらゆることで、耳にタコが出来るくらい聞かされてきた「丁寧な説明」。
それが行われた試は無い。

「丁寧な説明」。その意味合いが全く違っている。

来年度の帰還実現。つまり再来年の3月までだ。それまでに“地元との十分な協議”がなにほどなされるのだろうか。

それこそ、この避難に事だけに関しても、突然、避難を言い渡され、バスに乗ってあちこちと連れまわされ、あげくちりじりになって来た経緯。

避難の事だけでは無い。原発事故後の国の対応、国から出される不適格な情報の数々。

国や県に対して生まれた「不信感」はもはや拭いようが無い状況にあるのだ。

「念の為」「今のところ」・・・。あの会見を聞かされていた県民。あの言葉を連日発して、混乱を起こさせていた張本人は、今は民主党の幹事長だ。
「政治不信を招いた元凶」だ。それが責任をとって議員を辞職するどころか、要職に留まっている。

時の総理大臣は、ようやく当選してきた。ぬけぬけと暮らしている。

政治不信が生まれるのは当然なのだ。

そして、政権が代わっても集中復興期間は今年度中だとして、予算を削減してくる。

かつて戦時中、「大本営発表」という政府広報に多くの日本人は騙されてきた。
それが、今につながる「政治不信」への、近代史の中での軌跡なにかもしれない。

「お上は嘘をつく」。

福島における民主主義。丁寧な説明と言うなら、国の担当者がそれこそ一軒一軒を回って連日のように”説得“し、”納得“を求める。
そこに誠意を感じ取り、国のいう事はまだ賛成しかめるが、あなた方がこれだけの努力をしてくれたその“誠意”は認める。
納得はしないが反対はしないでおく。そこまで住民との十分な協議がなされるのか、丁寧な説明なるのものが行われるのか。

またも不信の連鎖に陥るのではないか。全くの「想定内」だ。

避難者たちは「袋小路」の中にいる。

「生まれたところで死にたい」「早くふるさとに、我が家に帰りたい」。そう願望している奴らが、いざ、帰れますよと言ったら、なんだかんだと不平、不満をぶつける。けしからん!!。なんて短絡的にこれらの事を捉えないでほしい。

でも、そういう声が聞こえるであろうことも「想定内」なのだ。

論語が「空文化」して欲しくは無いのだが。

「信」と言う字は「人の言」と書く。

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