2012年7月10日火曜日

「生ましめんかな」

毎月、エッセーを書いている冊子がある。来月発行の題名は「あかり」。

そのエッセーには二人の女の子が登場する。「いつか」と「あかり」。いつか幸せに。周りをあかるく照らす子になりようにと、あかり。親の願いを込めた名前。

もちろん、思いつきでつけた名前だったのだけど。

きのう、テレビを見ていて驚きました。本物の「あかり」ちゃんがいたのです。郡山の避難所。浪江から避難してきていたお母さんが、避難所の中で女の子を出産した。4月だったとか。
避難所で産気づき、病院で出産したらしいのだが、退院してくると避難所の人たちが大歓迎。「避難所で、多くの人のお世話になりました。これからも過酷な生活をしていく方々。せめてその方たちの周りのあたたかく照らして欲しい。そう思ってあかりという名前をつけました」。あかりちゃん一家は今は二本松の仮設でくらしている。すっかり大きくなったあかりちゃん。
仮設に移る時にその避難所の人たちと約束したという。「来年の七夕にはここで再会しよう」と。それが実現。よちよち歩きのあかりちゃんを皆が抱き上げ・・・。

何があろうと子は生まれるべくして生まれてくる。

あかりちゃんの笑顔、寝顔をテレビで見ながら・・・。頭を一つの詩がよぎる。原爆詩人といわれた栗原貞子さんの詩。「生ましめんかな」。

こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
 
マッチ1本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
 
実話に基づいた詩だという。そして、生まれた子、名前は知らないが、今、広島市で居酒屋をやっているという。元気で。健康で。
その居酒屋には「あかり」を求める人たちがやってきているのだろう。「あかり」があるのだろう。
今年の3月11日。「去年のこの日に生まれた虎ちゃんへ」と書いた。仙台の子。しばらくしてお母さんからメールというか、書き込みがあった。だれかが教えたらしい。ここを。

「この子が大きくなったら、生まれて来たことを喜んでくれた人たちがいっぱいいたことを教えてやります」との書き込み。

その虎ちゃんは、今、ACのCMにワンカット登場していると教えてくれた人がいる。

生ましめんかな。生まれけんかな・・・。

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