2011年12月15日木曜日

喪中葉書と年賀状と

昨日、義弟の訃報が届きました。67歳。患っていた癌。当店の常連さんでもありました。20年以上、直接会話したことは無かったのですが。

年末―。喪中葉書が寄せられます。大体が親の喪中ですが。中には息子さんを亡くしたという学生時代の後輩からのものもあり。40通くらいあったでしょうか。「喪中につき・・・」。誰が亡くなったのかわからないものも。でも問い合わせるわけにもいかず。

喪中葉書に返事を出していいものやら。毎年悩みます。12月というのは、なんか嫌な季節かもしれません。

去年、愛犬を亡くしました。広義で言えば、心情としては「喪中」。でも年賀状は出しました。

こんな文面でした。

首(こうべ)を回らせば七十余年 
人間(じんかん)の是非は看破に飽きたり
往来の跡幽かなり深夜の雪
一炷の線香古窓の下 

良寛の句を書く年になりました。古希です。
秋晴れの朝、、愛犬澪が静かに旅立っていきました。
夢の夜や 夢になりゆく 犬の影
人間の是非は看破していくつもりですが、さまざま、一つの節目と心得ています。賀状も今年で失礼させていただこうかと思っています。
皆様のご健康とご多幸を祈りつつ・・・。

節目、区切り。今年は、来年の元旦に配達されるであろう年賀状は失礼させていただくつもりです。

もし、去年、こんな賀状を出していなければ、今年も出さずにはいられなかった。でも、何を書いたらいいのか・・・。区切りを申し出て良かったと思っています。
旧知の朝日新聞の北上支局長からも葉書が来ていました。喪中かと思ったらさにあらず。年賀状を出す気には、どうしてもなれないので、年末の挨拶にしたと。「大変な年でした。お互い頑張りましょう」。そう万年筆による添え書きがあって。

今日から年賀状の受付が始まったとか。テレビが映す晴れ着姿のお嬢さん壇上に上がってのくす玉割り・・・。複雑な思いで見る歳末風景。

被災地の方や仮設にいる方。年賀状はどうされるのでしょうか。多分、書く気にはなれないでしょう。無理ですよ。そして、被災された方々、避難された方々に年賀状は届くのでしょうか。励ましの言葉を乗せた一枚の葉書が。住所変更したあるのかな。20キロ圏内には郵便配達だっていかないだろうし。宛先無しで返送になるのかな。

津波で一瞬にして家族を失った人たちは、喪中葉書なんて書いたのでしょうか。
まだ4千人近いという行方不明者を抱える家族はどうするのか。

年末年始のご挨拶。日本の古き良き慣行。それも崩れてしまった・・・。些細なことかもしれませんが。

亭主は年賀状を戴いたら、返事だけは差し上げるつもりにしています。多分、来ると思うから。貰いっぱなしではとてつもなく失礼だし。
読めない字の手書きにするか、どうするか。思案中です。

4 件のコメント:

TACO さんのコメント...

亭主さま

『徒然草』第百十二段の結びに「日暮れ、塗遠し。吾が生すでに蹉跎たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひともいへ、うつつなし、情なしとも思へ。毀るとも苦しまじ。誉むとも聞き入れじ」とあります。

四季逍遥は続けて下さいませ。
お願いします。

亭主 さんのコメント...

tacoさま
はい、我が人生つまずっきぱなしです。
徒然草をどう読むか・・・。
聞く耳はありますが(笑)。
ありがとう。更新します。四季逍遥。

あさきゆめみし さんのコメント...

私も昨年母、今年父と相次いで亡くし、2年続けて喪中ハガキになりました。

年賀状はそれだけのつながりであっても 会えない人と年に一度お互いの存在を確認できるものと大事におもっています。

来年からは新しい友だちに賀状が送れるように元気に楽しく生きていきたいとおもっています。さて、その一歩が踏み出せるといいのですが・・・・

亭主 さんのコメント...

あさきゆめみしサマ
大変でしたね。ご両親続けてとは。

一年に一度の消息を得る機会。年賀状はそれなりの意義ありですよ。

来年は素敵な賀状が作れるようになりますように。