2011年12月27日火曜日

視点・能力・想像力の欠如

政府の原発事故調査・検証委員会の中間報告。紙面を読むのにおおいなる時間を費やしました。
これまでも五月雨的には出て来ていた事柄ももちろんありますが、あらためて愕然とします。

何という無策で無能な政府に身をゆだねざるを得なかったのか。
新聞の見出しにおどる「全体像を見る視点の欠如」という文字。それが問いかけるもの。

あらためていいます。菅内閣であったことが日本国民の大いなる不幸であったということ。不運であったということ。そして福島県知事が佐藤雄平であったということ。

どこまで真実に迫っているのかはなはだ疑問ですが、この政府の調査委員会であっても、官邸が全く機能不全に陥っており、マヒしており、有効な手だてがなんら講じられなかったことがはっきりしています。

官邸の5階の首相執務室なるところと地下にある危機管理センターとの“分断”。

なんで菅は地下に降りていかなかったのか。ヘリに飛び乗って第一原発に行ってどなりまくって帰ってきたのか。東電本社に乗りこんで、「東電はつぶれるぞ」と脅したのか。

彼には宰相としての能力は皆無だった。「東電はつぶさない、だから、皆しっかりやれ」。それがトップの言葉。

たぶん、事故を起こした途端に東電の幹部や社員は「これでこの会社は終わった」と思ったろうに。

膨大な量の中間報告。さらに最終報告もいずれ出されるという。しかし、この調査検証委員会には責任を追及する権限は無い。それをもとに国民がどう判断するかだけ。

では、国会に出来た、それこそ偽証罪にも問える権限を持った事故調査委員会。ほとんど動いていない。そして、国会の中では常に真実の追求や真相究明は「政治的思惑」の中で埋没していく。
あの時、官邸5階。菅の周りにいたのはおべんちゃらばかりのお茶坊主だけ。「虚偽の記者会見」を続けた枝野。何のおとがめも無し。原発に関わる経産相として居座っている。「反省しています」とコメントはしたようだが。

思い出しますね。あの頃テレビに連日出ていた学者やNHKの水野や山崎といった解説委員。格納容器がある隔壁があると「安全」を言っていた。

菅に言い訳させるために出演させるテレビ局。

SPEEDIの計測を隠した奴ら。福島県庁にもFAXで届いていた。公表はしなかった。なぜ。公表するのは国の仕事だからとか。

バカいってるんじゃないよ。

双葉警察署の署員が原発爆発を確認した。無線で県警本部へ。県警は各所に問い合わせる。県は未確認だという。県警は県警の責任で「爆発」を公表した。

福島県は原発立地県である。そのトップの県知事は「もし原発事故が起きたら」という想定も想像もなかったのだろう。国の責任じゃない。立地県として、国に歯向かってでも県民を守る行動に出るべきだったのに。

国のせいだ、東電のせいだ。違うよ。あんたの責任も大きい。

その無能びりを天下にさらした菅。どう責任をとるのか。菅を海江田を枝野を。裁判にかける方法はないものか。

平成23年3月11日午後2時46分までは日本は「平和ボケ」した国だった。

問われ続け、語り継がれ、風化させてはならないのは震災のことだけではない。
あの時、日本という国はこんな奴らが中枢にいたという悲しすぎる政治の実態。

今年もあと4日・・・。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...