2011年12月16日金曜日

「冬の日」

今朝、郡山に一時、かなりの雪が降りました。福島市にも。いわゆる中通りにも冬がやってきました。西日本にも降ったということです。

枯れた田んぼに降る雪をみていると、大好きだった詩が浮かんできます。
三好達治の「冬の日」。

    ああ、智慧は、かかる静かな冬の日に、
    それはふと思いがけない時にくる
    人影の絶えた境に 山林に
    例えば、かかる精舎の庭に
    前触れもなくそれが汝の前にきて
    かかる時、ささやく言葉に信をおけ
    「静かな目、平和なこころ、その外に、何の宝が
    世にあろう」。

昔、兄事していた人が、怒りにふるえ、寺に身を置いていた時があります。
その人にこの詩をファックスで送りました。
真夜中、その人から電話がありました。「お前、生意気なことするじゃないか」。その声は泣き声でした。

数年後、彼は不遇の死をとげます。わずか60歳。追悼文に宮沢賢治の死を添えました。「永訣の朝」の最後の数行。

  わたくしのけなげないもうとよ
  この雪はどこをえらばうにもあんまりどこもまっしろなのだ
  あんなおそろしいみだれたそらからこのうつくしい雪がきたのだ
  おまへがたべるこのふたわんのゆきに
  わたくしはいまこころからいのる
  どうかこれが天上のアイスクリームになって
  おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
  わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

雪を見ると、どうしても、3月11日の午後3時前の光景を思い出します。大地が揺れ、道路が歪み、建物からは破片が次々と落ちてくる・・・。そして、急に空から降って来た雪、雪・・・。不思議な光景でした。

天上のアイスクリームは午後から本格的に降るという予想。

事務所の入り口に掲げてある三好達治の二行詩。昔、彫刻家が贈ってくれました。

     太郎をねむらせ太郎の屋根に雪ふりつむ
     次郎をねむらせ次郎の屋根に雪ふりつむ

この詩の意味がいまだ読みとれていません。太郎とは誰か、次郎とは誰か。いや、何か。
ただ、この額の字を見ているだけで、少しは静かな目になれそうな気がして・・・。

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