2011年12月22日木曜日

半旗を揺する虎落笛

仙台に住んでいる旧友、山河弘道から封書が届きました。川柳の同人誌。冊子の名前は「杜人」となっています。「とじん」と読むらしい。

その発行人が山河弘道。ペンネームというか句号というのか、「舞句」という名前を持っている。山河舞句。

舞句。そう、彼は往時NHKのアナウンサーでした。一時は全国ニュースも担当していた。彼と知り合ったのは彼がNHKの郡山支局長に赴任して来た時。同い年。もう一人、FCT,福島中央テレビに中山寧という男がいて、これも同い年。会社は違うけれど、なんとなくウマが合い、よく飲みに行き、会を作ったり・・・。
元アナウンサーだからマイク、舞句。郡山時代から飄々とした川柳を読んでいました。
中山はもう鬼籍に入ってだいぶ経ちます。

NHKと定年退職後、故郷の宮城県に帰り、仙台に居住し、句作で活躍していると聞いていました。震災後、彼の事が気になり、当ブログに書いたことあってのですが。

その彼から送られてきた近況と季刊詩「杜人」二冊。
「娘がインターネットをいじっていて、貴兄の文章を発見。小生のことまでとりあげていて「くれているようで感謝」からはじまって、やはり川柳関係の仕事に携わっている現状。そして、たまたま内陸部に住んでいたので直接の被災は免れたものの、放送関係者や取材で知り合った人など10人を亡くしたと。

たまたま命を長らえた者として、生涯、震災を引きずりながら作句していくと。

亭主の賀状の文面を引き、「首を回らせば70余年」ですか、良寛ほど達観は出来ませんが、くたばるまで、自分も含めた愚かな人間と愚かな社会を看破していきたいと結んでいました。

添えられていた一枚の紙。川柳集 明日への祈り、東日本大震災と書かれた表紙。現代川柳臨時増刊号とされており、発刊したのは神戸の会社だとか。4月号。一番早く発刊された震災川柳集だとか。そこに彼の句が数首載せられていました。

「怒怒怒怒怒・・・・・・(途中から怒の字が反転されて7文字)怒怒と 海」

多分、宮沢賢治の風の又三郎の冒頭、「どどどどどうど どどうどど」をもじったものかと。

背を丸めただただ祈る震度七
漆黒の海へ我が子の名を叫ぶ
避難所の赤子泣け泣けたんと泣け

もうかつてのような粋でユーモラスな句を作る気にはなれない。時事川柳や社会吟を作っていくと手紙に記されていました。杜人の中の彼の句には福島を詠んだ句も沢山ありました。

福島が泣く「フクシマ」という汚名
放射能汚染父祖の田累々と
深呼吸禁止半径2キロ

東北を削ると題した句集には・・

日本人だな避難所に結いがある
仮設から仮設へ乱れ飛ぶ訃報
振り向けばもう狂ってはいない海
東北を削る重機も秋の音

手紙の最後、欄外に“最新作”が記されていました。

我が胸の 半旗を揺する 虎落笛

手紙で彼の電話番号がわかりました。これから電話してみます。

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