2011年12月26日月曜日

権利と義務

きのうのTBSの15時間番組。「報道の日、2011.記憶と記録とそして願い」。久々の大型報道番組。きのうも書きましたが、テレビとしての伝えるという範疇の中での義務はおおかた果たしていたように思います。知る権利などどいう得体のしれない物は前面に出さず。
“アッパレ”といいたいところだけど。

夕方5時半頃からはじまった原発コーナー。ブラックボックス、官邸の5日間。再現ドラマの手法とって。これがどうにもいただけなかった。マンガだね。

それはそうとして、菅も海江田も枝野も東電も。全部インタビューでは「言い訳」ばかり。核心をついたもの無し。隔靴掻痒、靴の上から足をかくような。

誰が悪いってことばかり。菅は東電を悪者にし、海江田や枝野は言い訳。福山メモも消化不良。

3・11。あの時のこの国の指導者がリーダーが菅であったことがこの国の最大の不幸だった。もう何回も書いているけど。

真のリーダーは言い訳はしない。全ての責任は自分にあり。自明の理なれど。

愚にもつかない東電の話聞いていると、いささか前の話。電気料金値上げ話。「料金の値上げを決めるのは電力会社の義務であり、権利である」。そうしっらと言ってのけた西沢社長。日本語の使い方を知らないのか、何もわかっていないのか。

権利と義務。中学校で習いましたよ。義務を果たして、はじめて権利を得ることが出来るのだと。

とりあえず一民間会社が値上げするのが権利だ、義務だ。義務とは安定供給することだけ。

この東電の発想が「無主物」という発想につながる。放出された放射能汚染は土壌に付着した以上、その土地の所有者のもので、東電のものでないという強弁。

そして国に援助を求めながらも、カネさえはらえばいいんでしょうっていう賠償金話し。

建設の時からそうだった。なんでも、カネ、カネ、カネ。その思想が事故後も続いている。被害者もそれに慣らされていく。

生存権が破壊され、居住権もはく奪され。無主物に悩まされ。

中学生の時に習った憲法。権利と義務。あれは・・・。

だから、メディアのお願い。権利ばかりを主張しないでね。義務を果たしてね。
政治家にそれをお願いしてもダメなんだし。

今年もあと5日。2011年の終わりの前の戯言。

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