2011年12月31日土曜日

年の瀬雑感 終わりと・・・

忌まわしい2011年があと数時間で終わる。

この年は3月10日で止まっていればいいなとつくづく考えてしまうことも。

3月10日までは、それがどんなものであろうと、人々は「普通の生活」をしていたのだから。

3月11日夕方からすべて「普通」でない生活がはじまった。そして、多くの死者を生み、多くの流浪の民が生まれた。

テレビは年末報道番組であの大津波の模様を繰り返す。それを是とするか非とするか。見る人の心模様で変わる。

そして年末年始の特番合戦。5時間、6時間スペシャル。恒例とはいえ、見たいものは無し。

そして大晦日のきょう。ゴールデンは紅白を中心に回る。歌には力があり、演出も東日本大震災を念頭に置いてというけれど。

今年の締めくくりのテレビがこんな番組のばかりでいいのか。

日本のすべてが壊れた。物理的にも精神的にも。今年の漢字は「絆」ではない。
年末にあたって考える。一文字だとしたら「壊」だと。

国土が壊され、生活が壊され。たしかに絆は生まれていた。しかし、絆の前にあったのは壊。

それを象徴するのが政治。政治は、統治機構は壊れた。年の終わりになっても壊れ続けている。
二大政党政治。その「まやかし」。そのための小選挙区制。

民主党離党者が新政党を作るという。その政党名が「絆」だと。だれかが上手い事を言っていた。「きず(を)な(めあう)」のきずなだと。
政治は完全に壊れている。政治家と被災地の間に絆はない。

壊れたあとは誰かが後片付けをしなくてはならない。壊れた瓦礫処理にはかばかしい進展がみられない。人もこころも壊れてしまっているから。壊れた心の後始末・・・。

今夜の紅白で長淵剛は歌という。新曲「ひとつ」という曲を。これだけは聞いてみようと思う。なぜか。原発事故に驚いた長淵は故郷の鹿児島に逃げた、疎開した。そこで海と戯れ悠々自適の生活をしていた。
その彼を襲った「自責の念」。自分を責めて、被災地に向かい、自衛隊を励ました。

長淵が言う「自責の念」。壊れた心に普通の心を取り戻させた彼の「意思」。それを歌からききとれるかどうか。

一年が終わる。終わりがあれば始まりもある。あすから何が始まるのか。無いかが変わるのか。変化の様を見続けたい。

9ヵ月前。民放テレビがようやくCM枠を復活させた頃。報道番組の合間に登場してきたAC公共広告機構のCM。あの時はほんと嫌だった。「ポポポ~ン」。魔法の言葉で、素敵な言葉でポポポ~ン。愉快な仲間や友達できるよ。

魔法の言葉も、素敵な言葉も無かったけど。なぜか今になると懐かしい。凍えたこころを温めてはくれなかったけど。

ボランティアや自衛隊に「ありがとう」と言い、「お互いさまだから」と悲劇を受け止める人達がいた。そう、「お互いさま」。この言葉と心根だけが壊れた日本人の心を取り戻せるものかもしれない・・・。

一生忘れないけど、今は言いたい言葉。「2011年よ、さようなら」。

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