2012年2月1日水曜日

2月1日という日

あっと言う間の二月。雪模様の2月1日。そう、その日も雪が降っていたそうです。1941年2月1日。

はい、きょうはボクの誕生日なのです。満71歳です。だから何だということではないのですが。

足腰はそれなりに弱っていますが、一応元気です。傍目には実年齢より若く見えるらしいです。髪の毛は薄くなりました。

血圧やコレステロールなど健康に特に異状も無いようです。

40になった時も、50になった時も、60になった時も、それ以前はちょっとその年になったら・・・て関心があったのですが、過ぎてしまえば、な~んだって感じ。どうってことない。淡々と過ぎて行く・・。

きょうも特別な日ではなく、なんでもない当たり前の日なのです。お祝い事もしません、やりません。

あと何年生きるのかな。そんな想いにはとらわれます。誰も予測出来ないことなんですが。明日かもしれないし、十年後かもしれない。

震災後、「死」についてより考えるようになりました。もちろん、日常においても、災害や、そう、雪掻きの転落や、交通事故や、事件や。毎日どこかで誰かが亡くなっています。

3・11で突然に襲われた死。整えられない死。数多くの死。
死者も無念だったでしょうが、残された生者も無念です。数多くの無念を見、聞きするたびに、わが身に置き換えてしまいます。

どこでどうやって死ぬかはわかりませんが、せめて段取りだけは決めておきたいと。

これまで、何人かの友人の葬儀を取り仕切ってきました。自分を忘れてはいけない。取り仕切っておかないと。なにせカミサンはそういうことが最も不得手なのですから。カミサンが先に逝ってくれれば楽なのですが、どうもそうはいきそうもない。女の方が長生きってことになってるし。目がかすむ、目が回る、物が曲がって見えるなんてことは時々言っていますが、多分長生きするでしょう。カミサンを困らせないためにも段取りだけは・・・。

今年の課題はその段取りをどこかに記録しておくことなのかとも。

もし病気になったらどこの病院にするかからはじまって。葬儀はどうするか。誰にしらせるか。どうやって知らせるか。
死亡届の出し方や、年金、健康保険などの届。そうそう、銀行の暗証番号や印鑑のあり場所。

友人の葬儀で知り合った葬儀社の宗像くんはまだ働いているのかな。彼にも次第は打ち合わせておいたほうがいいし。

斎場でもいいけど、どんな形の葬儀にするのか。多分、自分の耳には聞こえてこないだろうけど、音楽はどうするのか、墓はどうするのか。ま、墓はカミサンにまかせるとしても。

よし。塾生に担当を割り振っておこう。東京からも人が来てくれるだろうから葬儀の日取りはなるべくゆっくりにして。

そうだ、喪主挨拶も書いておかねば。代筆しとかないと。

人は生まれてくるとき必ず泣いている。赤ん坊は。それを周りは笑顔で迎える。死ぬ時は。自分は笑って、ありがとうと言って。周りが泣いている。
笑って死ねる自信は全くないけれど。
段取り考えるのも結構楽しいかも。想定内のことで。

誕生日に自分の死のことを考える。やはり亭主はオバカなのかもしれません。
そして何事もなく今日が終わり、何事も無い明日がくるはず・・・。

昨夜12時をまわってから、FBの「友達」や、友人各位から、メール貰いました。ところが携帯のメール不調。その対応できょうの午前中はワタワタ。
こんなことやってる老人。まだまだお元気ということなのでしょうか。(笑)。

2 件のコメント:

TACO さんのコメント...

昨夜は昔の戦友と飲み会の日。そこへ飛び込んできた旧友の奥さんの急死(自死)の訃報。
この飲み会に招待した奥さんの亭主は白血病で死期を宣告され死を迎えるシナリオ全てを準備し八年前に静かに旅立ちました。その後この奥さまは明るく有意義な日々を暮らしています。この対極や如何。
朝日に載っていた「最後だとわかっていたなら」の詩。(今、売れているらしい)
誰にでも訪れる突然・不測の死。
今やれること、やるべきことを為すのみ。
寂聴さんの「切に生きる」って言葉もあるし・・・。
ということで今日は学生時代のバンド仲間と伊豆熱川の温泉へ体を温めに一泊旅行。

亭主 さんのコメント...

tacoさま
「明日のことはわからん」ということだよね。やるべきことーーーそれが何なのか。自問。
温泉、ゆっくりどうぞ。雪崩はそっちは無いと思うから。
その詩文、未読。探してみます。