日本人は何につけ「肩書」がお好きなようです。外国のことはよく存知ませんが。
名刺なるものがお好きです。名刺が幅をきかせます。名刺の肩書が。肩書によって、それは良きにつけ悪しきにつけ、「人間関係」を決めます。
東京のテレビ局時代。社名の入った名刺出せば、だいたい、誰にでも会えた。電話でも社名を言えば、つないで貰えた。
「瀬川賢一」という個人の名前は無関係。社名を肩書とうかどうかはともかく、社名は効用があった。
ある時、ある政治家が言った。懇意にしてた人。「瀬川くん今更だけど、キミの会社ってどこ・・・」。いいな、この人。社名で付き合っているんじゃない。個人として付き合っていてくれる。そんなこと思ったことがあります。
郡山に来てからも。社名とその脇にある「身分」。肩書。相手は以降、その職名で呼ぶ。局長、常務、専務と。その役職名で他の人に紹介する。
なんか嫌だったのです。俺には名前がある。
7年前から「無所属な時間」の日々になった。肩書、役職無し。「オフイス・セガワ」という看板は一応掲げている。仕事場に借りたアパートの玄関に。それは、一応個人事業者としての屋号が必要だという、その道の人のアドバイス受けたから。
もの書きしている時に、どうしても「取材」が必要になる時がある。名前だけ言っても誰も相手にしてくれない。「どちらのセガワさんですか?」。必ず聞き返される。無理なんです。肩書、所属無いのだから。元何とかという会社にいた・・・。それは使いたくない。断じて。元は元。今は今なのだから。
人間関係は大きく変わった。肩書で付き合ってくれていた人は多くが去った。でも友人、知人はいっぱいいる。名前で呼び合う知人が。
元なんとか大臣、元なんとか副大臣、元議員。そんな名刺を使っている人に出会う。つくづく思ってしまう・・・・。今は・・・と聞きたくなる。
とにかく日本人は肩書がお好き。
被災地。一時数多くの避難所が出来た。公的なものもあれば私的なものも。私的避難所には、そこに数十人から、数百人の避難民がいる。突然生まれたコミュニテー。そこでは自然発生的に「リーダー」が生まれる。どっかから指名されたリーダーではなく、避難民たちの中から自然発生的に生まれたリーダー。数日間で、その人の持つ〝能力“”力量“が認められたから。
しかし、彼は、もちろん名刺を作るわけでもないし、対外的に「リーダー」なんて言わない。愛称として「リーダー」と呼ばれても「はい」と答える。名前を呼ばれても「はい」と答える。避難所の中には現役の会社社長もいる。肩書を持った人たちもいる。でも、置かれている現状は皆「避難民」。若いリーダーに従って行動し、為すべきことを為している。
新聞紙面の下にある死亡欄、死亡記事。それを載せる基準。元なんとか。肩書を持たなかった人はほとんど載らない。あの世に肩書が必要ではあるまいに。
“チェルノブイリ”異聞
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