2012年2月18日土曜日

情報に接するということ

きのうの夜のテレビのニュース。「首都圏に雪が・・・」ということで大騒ぎ。
あちこちに中継車。画面見ると降っているって状態じゃない。舞っているっていう程度。
レポート役のアナウンサー。ポストの上に着いた雪をかき集めて、ほら、こんなに積もっています・・・。
やれ、交通機関が心配だ、凍った路面には注意してください。要するに「早くおうちに帰りなさい」ってことか。

雪なんてもんじゃない。東京にだって昔は、かなり雪が降った。家の庭でカマクラ作ったことも。

北海道や北日本。今日も豪雪らしい。雪による死者も100人を超えている。豪雪、豪雪。積もりに積もった雪の光景。絵になる光景を切り取って伝えるテレビ。豪雪地帯とは言え、生活道路は除雪されているのに。

やっぱり思う。自分の過去の経験含めて。

全国ネットのテレビは、東京発のテレビは、やはり「東京のテレビ」なんだと。自分たちの身近なことにはちょっとしたことでも大騒ぎ。身の周りに起きたことは重大ニュースにするということ。

豪雪地帯にいる人、豪雪ではなくとも、ここ福島でも、なんでこんな雪で・・と不思議がる。どんな思いで東京発のニュースを見ていることだろう。
それも各局足並みそろえたみたいに。中継場所もほぼ同じ。
同じことをやっていると「安心」なんだよね。

仮にもう少し降って、今朝の交通機関がちょっとでも「マヒ」しようもんなら、またもや新聞含め、「雪に弱い都市機能」なんて言って、どっかを責めるんだろうね。過去にもよくあった事例。

話は飛ぶようだけど、今朝の新聞。消費税問題と小沢裁判の関連付けに懸命。記事を読みながら、それを読み解くのに必死。

円と株価。きのうの市場は半年前の水準に。それの解説や見通しに必死。楽観論を戒める。数か月前、いや、ちょっと前までの連日の報道。株価下がり、円高進み、もう、日本経済は終わりのような論調。あれって、これってなんなんだい。

記事をそこそこ丹念に読んで、ふと目をやる本の広告欄。「新聞やテレビは平気で“ウソ”を書く」。“著名”なフリージャーナリストさんの本の広告。中味はどうも原発事故に関連することらしいが。

なんでも「センセーショナル」が御好きと来たもんだ。雪の話にしても、本の題名にしても。しかし、報道を否定されている新聞が、それを書いた本の広告載せているってのは、さすが、言論の自由を標榜する国、民主主義のお国ってことの証左か。

切り取られた断面だけで全部を判断してはいかない。その断面の向こうにあるものを見ないと。

豪雪で来るしんでいる人はたくさんいる。雪おろしもままならない人も多数。雪かきボランティア参加の方途でも伝える方が、よっぽど役立つニュースだと思うのですが。

東京からの視点、目線。雪に限ったことじゃない。マスコミだけじゃない。

国会議員さん、予算員会の質問の冒頭で、必ず震災で被災されたみなさんお見まいとか、原発事故の収束を言う。だんだん、枕言葉のように聞こえてきた。

言うなら、自分の選挙区に帰って、いや選挙区を説得して、汚染されてもいない瓦礫処理の受け入れでも働きかけることが仕事じゃないのと。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...