「貧しき人々の群れ」。それは宮本百合子が書いた小説の題名。舞台はここ郡山。郡山にあった祖父母の家で書いたという。安積開拓で入植したものの、極貧にあえぐ農民を書いたもの。大正5年に。
さかのぼること明治維新。斗南藩に移封された会津藩の人達に与えられた領地は全くの不毛の地だった。そこで開墾に励み、根菜を育て・・・。青森県の三沢から北の土地。そこにいたのも貧しき人々の群れだった。
今、その地にあるのは日本原燃の六ケ所村核燃料再処理センター。全面稼働してないが。
福島の原発立地地域。貧しい村や町だった。斗南藩地に劣らないような。常磐線に乗って上野で降りて。集団就職の子どもたち。その子どもたちは「金の卵」と呼ばれ、東京の“発展”に寄与した。昭和40年代。
♪上を向いて歩こう♪。テレビで流れていた坂本九の歌は、集団就職の子への応援歌。
当時の福島県知事、東京の大新聞の社主、政治家、役人・・・。極論すれば、貧しいがゆえに、この地に「原発」を持ってきた。誘致した。
言葉は悪いが。住民だった人達は「カネ」で懐柔された。現金、施設、家、雇用・・。
電源立地3法によって「税金」も“湯水”のごとく注入された。首都圏の住民から「捲き上げた」電気料金から、この地に「カネ」が運ばれた。そして、町や村は栄えた。
誘致に反対する人たちもいた。しかし、カネの力は絶大だった。なぜか。貧しかったから。
貧しき人々の群れがそこに存在していたから。
もし、仮に、当時、湘南地方に原発誘致と言っても誰も応じなかったはず。立地としては申し分ないが、そこに住む人たちは皆金持ちであり、裕福であり、“危険”なるものに身をゆだねることなど思いもしなかっただろうから。
人間は、ほとんどの意味において「カネ」には弱いのだ。負けるのだ。魅力なのだ。
原発事故。今はある程度豊かになっていた地を、人々は追われた。昔に戻りたいという。その昔とは。ちょっと前までの昔のはず。
そして、その人たちを「賠償金」という「カネ」がまた〝襲う“。
その地の人達は言う。昔を知る人は。「俺たちはシャブ漬けにされたようなもんだ」と。
そして、今。この国に蔓延しているかのような貧しさ。心の貧しさ。心貧しき人々の群れのなんと多い事か。
放射能を忌み嫌い(好きな人はいない。医療行為だけは認める)、福島県を疎外し、流言飛語をまき散らし・・・。
国が財政危機にあるにも関わらず、政争のみに明け暮れる人たちをはじめとして。
この心の貧しさの中からは文学は生まれない。文学者といえども、「反原発」と叫ぶのみ。
福島県の農家の一人は言う。「福島に残り、放射能とともに、さまざまな批判を全部受けて、生きて行こうと思っている・・・」。この言辞、自虐的と見るか、貧しさとみるか、心の豊かさと見るか・・・。
アメリカ生まれで日本に魅せられ、在住する作家。アレックス・カーが書いた本。「美しき日本の残像」。日本の、日本人の美しさは「残像」になり、やがて彼は書く。「日本の醜さ」という本を。そしてさらに書いた。「犬と鬼」。彼の言う「犬」とは、例えば電線をうめるということであり、「鬼」とは、コンクリートの大きなハコ物だと。もちろん失われた町の景観を言ったものだが。
やがて原発がすべて停まり無くなり、心貧しき人々の群れも。その思考を止めた時、誰かが書いてほしい。「醜き日本の残像」を。
2012年2月28日火曜日
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