2012年8月17日金曜日

「神は細部に宿る」と言う・・・

3・11後、折に触れて使われた言葉の一つに「神は細部に宿る」という言葉がある。
どうやら出典はドイツの建築家の言葉らしい。

God is in the details

ゴッドとはキリスト教でいう神とは意味が違うらしい。何事も細かいことの積み上げと解釈させてもらう。細かいことの積み上げ、与えられた場で役割を全うすること。それが結果として、大きな業の結集につながるということか。

安岡正篤のいう「一灯照隅」の考え方に通じる。

この言葉の本意ではないかもしれないが、話は飛躍する・・・。

とかくこの世は声の大きい者たちが、大きな声を出した人が勝ちという風潮がある。
建築現場の職人たちは概して無口である。こつこつと自分の仕事に精を出す。出来あがった立派な建造物は建築家の成果として評価される。ただ、職人に思いを致し、職人に対する敬意を持っていた建築家の作品の方が優れたものとなっているのではないか。

福島第一原発。それを廃炉の持っていくのは、まさに神業かもしれない。この酷暑の中、“完全武装”の作業員たちが、その数2,000人ともいわれる人達が黙々と作業している。東電社員もいれば関連企業の社員もいれば、元請け、下請、孫請けの日雇いに至るまで。

現場の人間はまさに「細部」だと。

作業員の被曝線量隠しがさかんに報道されている。線量を偽ってでも作業員を集めないと収束へ向けての作業は出来ないということか。そうでもして、仕事を得ないとならないということか。これからも原発事故現場ではこうした“絶対的矛盾”がさまざま露呈されてくるだろう。

それを誰かが解きほぐさねばならない。

原発事故は人災であった。もはやこれは衆目の一致した結論。一にも二にも東電の責任は大きい。いまさら言うことではないが。非難されて当然。
こういうと「ひとくくり」の議論が出てくる。東電は悪い、しからば、全社員が悪いのか。あらゆる誹謗中傷の的となるべきなのか。

先日目にした新聞記事。第一原発、第二原発で働く東電社員の多くが、「加害者」として誹謗、中傷、個人攻撃の対象にされている。4割がPTSD含め、心理的に健康を害しているという。さもありなんと思う。
ただでさえ、いまだ、福島県や県民にたいしての、いわゆる“差別”的言辞がさまざまな形で表れている。東電社員に至ってはなおさらだろう。

人は、いわれなき誹謗、中傷に何処まで耐えられるか。「いじめ問題」に似通ったような”現象“。

原発作業。かなりの専門的知識を要求される。現場の人間へのいわれなき批判がつづくと、収束作業に影響が出るのは必至なのだ。事故からの復旧を遅らせること必至なのだ。

もし、現場で働く人がいなくなったら・・・。ぞっとする。
いわれなき個人攻撃は、新たな“人災”を生むかもしれない。

神は、細部であるすべてのひとのこころに宿っていると思うのだが。

歴史の一部を見ても、たとえばローマ帝国の滅亡を見ても、権力者は細部に宿っているはずの神を見ようとしなかった。

これ、東電擁護論には全く非ず。権力者の中には東電幹部が含まれていることは言うまでも無し。

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