2012年8月24日金曜日

「敗者」への目線

オリンピックが終わり、高校野球が終わり、夏が瞬く間に過ぎて行った。季節としての「夏」ではなく、「時間」としての夏が・・・。

「勝者」がいて「敗者」がいて。何回も書くが、オリンピックでみた美しい“敗者”。それはなでしこジャパンのあの笑顔。

物理的に無理だっただろうが、あのオリンピックのメダリストたちによる銀座の凱旋パレード。オリンピックに参加したものの、数多く敗れた選手たちもいた。彼ら、彼女らも、あのパレードに参加してもらいたかった。
皆、立派な“敗者”だったと思うから。

今日の朝日新聞のスポーツ欄に、広告批評家でコラムニストの天野祐吉さんのコラムが載っていた。抜粋して引用させてもらう。「純粋の再後の砦」と題された高校野球の観戦記・・・。

 「野球留学とか、いろいろ問題はあるんだろうけど、それでもまだ高校野球には「純粋」という言葉がよく似合う。なぜ高校野球に“純粋”のイメージがあるのか。それは“純粋”なものがどんどん失われていく今の世の中で、せめて高校野球くらいは純粋であってほしいという思いが世の中に強くあるからでしょう」
「結局、大阪桐蔭の優勝ということで終わったけれど、ぼくは勝ち負けはどうでもいいんです。哲学者の鶴見俊輔さんが「敗北力」ということをおっしゃっていたことがあるけれど、負けることがその人の生き方の根底を作り出していく力になることがあるんですね。光星学院だけじゃない。全国で3984校が負けたわけでね。その人たちは敗北を自分の力にしてくれたらいいなと思います」。

この一文にうたれた。ボクの言いたいことのほとんどが凝縮されているような。広告批評家として、「文化」としての広告を見て来た人だから書けた一文かもしれないが。

あまりにも“純粋”でない「広告」が多い中で。いや、それだからこそ「文化としての広告」を、天野さんは追い求めているのかもしれないが。

青森、光星学院の選手の半数以上は県外出身者である。大阪出身者も多い。しかし、彼らは東北に身を置くことで、彼らなりに「東北人」になりきった。そう彼らは断言し、敗者であったことを誇らしげに語る。そう、やはり“純粋”なのだ。

極言すれば、東北の歴史は「敗者の歴史」でもある。古くは奥州藤原氏。戊辰戦争。蝦夷征伐と言われ、常に“都”に攻め込まれてきた。
天明の大飢饉もそうだった。飢えて死ぬ人の多かったこと・・・。

「敗者の歴史」が、強い東北人を生んだのかもしれない。敗北を力にしてきたのかもしれない。それが宮沢賢治を生み、太宰を生み、智恵子を生み、寺山修二を生んだ。

日本人は、「原子力戦争」に敗れた。原発戦争、原発競争に敗れた。国として敗れたにもかかわらず、その災禍は東北、福島だけに及んでいる。
福島県民は“敗者”ではない。犠牲者だ。
そして、その敗者では無い人達の犠牲によって、一握りの“勝者”を気取っている奴らがいる。

昨夜、NHKテレビでやっていた、昭和49年入社の証券マンたちのその後。一人の勝者がいた。未だ持って野望を抱き、それこそ世界制覇を目論んでいるような勝者。次の野望に向けて、高級料亭で外国の取引先とカンパイをしていた。
敗れた者たち。亡き同期生の死を悼み、居酒屋の片隅で数人で静かに献杯をしていた。往時を静かに語っていた。

敗者の顔は美しく、勝者のおごり高ぶった顔は醜く見えた。敗者が集った居酒屋の片隅に、ボクも身を置く。心も置く。

「純粋の最後の砦」かあ。うまいこというな天野さん。誰でもいい。その砦を何時までも守り続けてほしい・・・。それは、今を生きる人間の最後の砦かもしれないのだから。

ボクシングのカシアス内藤と主人公にした沢木耕太郎の本。「敗れざるものたち」。そこにもあった敗者への目線。

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