2012年8月29日水曜日

「テレビの在り方」~無人地帯にからめて~

“無人地帯”と言う映画をみたあと、監督と若干のやりとりを交わした。
映画の1シーン。ナレーションは語る。「そこにはゴーストがいた」と。
幽霊がいたと。その幽霊とは・・・・。

事故後40日経って、瓦礫の中で、行方不明者の捜索にあたっている警察官のことである。幽霊と呼んだのは、その真っ白な防護服やマスクをまとった“姿”のこと。

ここから先は進入禁止だと幽霊が言う。映画を撮っていると、それはダメだという。しかし、その幽霊たちは皆涙を浮かべていた・・・。とナレーションは語る。

津波に流され、岩場にはさまれ、助けを求めながらも、原発事故のよってそれが阻まれた爆発直後の現場。

監督は言う。「見捨てられた人達ですよね」。そう、見捨てられた人・・・。それを遺体とは言い難い。

原発事故で直接被曝によって亡くなった人はいない。しかし、それがなければ救えた命のなんと多かったことか。

罪に問えるかどうかは、問うかどうかはともかく、“間接殺人”だと思う。

テレビが誕生して間もなく、大宅壮一はテレビに対して「一億総白痴化」と断じた。新聞記者からは「電気紙芝居」と揶揄された。NHKの職員だった、小中陽太郎は「機械仕立ての玉手箱」と言った。

民放テレビの揺籃期、テレビに可能性を見た、映画人や演劇人、文学志望者達が、こぞってテレビの世界に身を置いた。日夜、彼らは「テレビ」について議論し、語りあった。生放送を主流とすべきとする人もいれば、それを否定する人達もいた。でも、彼らが出した一つの結論。

「お前はただの現在に過ぎない」。

テレビは、その時を、現在を伝える伝達媒体なのか。現在を記録し、未来に伝える記録媒体なのか・・・。

遺体、あるいは、死体。以前にも書いたが・・・。

8月に必ずテレビが取り上げる「戦争」。そこには白黒の映像の遺体が映し出される。それらの映像はテレビが撮ったものではない。ニュース映画というジャンルがあった。映画館で、映画の合間に流される劇場ニュース。

たとえば日映新社とか。当時のニュースを専門に取材し劇場でかけていた。それらの映像を保管している“会社”がある。そこから借りてくる。ニュース映画フィルムしか当時の動く映像はない。

ニュース映画を見て、昭和天皇の姿を見た。出征兵士に振られる日の丸の小旗をみた。特攻隊の映像も、崖から飛び降りる女性の姿も・・・。

そして、ギャムやサイパンや硫黄島でも、沖縄でも、それは米軍が撮影した映像にしても、多くの遺体、いや、死体を見た。多くの骨も見た。

物言わぬ死体が、実は多くのことを物語っているという事実。

今もたとえばシリアで、アフガニスタンで、死者が毎日のように出ている。それは時々、現在の映像としてテレビに映し出されることもある。

東日本大震災、原発事故。一万数千人の、二万に近い人達が亡くなった。しかし、その“姿”はテレビにも新聞にも載らない。

語らずして死んでいった死者たち。

現在を伝えるテレビが放映しなかった“死者”。未来への、風化させないための“記録”として、それは報道されるべきではなかったのかと。

東京の知人が言った。「人々はあまり、というか、ほとんど、3・11のことは口にしていませんよ。今は」と。

津波で流されていく映像は見た。だれも死者は見ていない。見ないものは忘れる。

「見せるべきものは見せる、伝える」。その“覚悟”がテレビ、新聞にあったのかどうか。もちろん、さまざまな議論があることは承知の上で・・・。

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