2012年12月3日月曜日

「賢ちゃんの死」、そしてメメント・モリ

亭主と同名、字が同じとうことで、初対面の時から妙に気があった。“アルスの賢ちゃん”、篠崎賢一。79歳で亡くなりました。昨夜が通夜。いわば古い友人でしょうか。年齢差はあるけれど。
長い闘病の結果でした。11年前に脳梗塞を患い、以来、リハビリの日々。たまに街で出会うと、なぜか泣いて再会を喜んでいてくれていた。不自由な体を震わせるように。比較的お元気そうな様子だったのが喪主の息子さんの話では、夏以降体調を崩し、入院生活だったとか。

ご遺体とも対面出来ました。ずいぶん小さくなっていました。でも、安らかな寝顔でした。

絵をよくする人でした。祭壇には元気だった頃の写真とともに自画像も。
優しいいい絵でした。

時折、当店の話題に登場する郡山の児童詩誌「青い窓」。その創設者の一人です。薄皮饅頭で有名な柏屋さん、その先代社長たちと一緒に柏屋本店のウインドウに青い窓の誌をディスプレイし、いわばライフワークとして関わって来た人、柏屋の先代社長、本名善兵衛さんも亡くなり、その親友の所に・・・。

洋ちゃん、賢ちゃんと、呼びあって旧交を温めていることでしょう。

多くの通夜の客が別れに訪れていました。

「3・11」以降、誰が書いていたのか。「整えられた死」という言葉がありました。病を得て、病院で家族や医者に看取られ、通夜、告別式と、別れの儀式がある。弔問客が訪れる。いわば「整えられた死」。

昨日の中央道のトンネル事故もそうだけど、連日起きているような殺人事件もそうだけど、突然襲う「整えられない死」があります。まさに「3・11」がそれ。1万人を超す人達が、そのほとんどが津波による予期せぬ死。

次々と収容される遺体。身元のわからぬ遺体。収容した建物の中に、並べられた遺体。荼毘にふすことも出来ず、とりあえず土葬されて遺体。

例えば、遠く千葉まで運ばれて、そこで火葬された遺体。
亡くなった子供の事から、未だ抜けきれない親。親を亡くした子。時間がとまったままの人がまだ多くいる被災地。

多くの遺体の表情には「無念さ」があったはず。葬儀もままならない「整えられない死」。

震災後、何回か葬儀に参列しました。以前からもそうですが、その場は亭主にとって、故人との別れの場であると同時に、死を想う時間なのです。

死者を弔う場所であるからこそ、人間に絶対に訪れる「死」について考えられる場所。死者が提供してくれた場所と時間・・・。

どの別れの場に行っても、あれから、あの整えられない死を持ってしまった人達のことを想ってしまうのです。

メメント・モリ。死を想え。

自分にもいつかは訪れる死。それを「整えられた」ものにするためにどうしたらいいのか。

家族や兄弟は・・・。

「死」を想う。死者を想い続ける。それが生者に課せられた大きな役割ではないのかとも。

賢ちゃんとは、昨夜、ゆっくりお別れをしてきました。今日は告別式。賢ちゃんには申し訳ないと思うけど、参列を止めました。何が嫌だっていうと「弔電」があるからです。

選挙の時期、見ず知らずの政治家からの弔電が、多分、読みあげられるから。
式の様子や弔辞、弔電が、死者の耳に、骨の耳に届いているのかどうかはわかりません。

何の意味も持たない弔電が読み上げられる時間がボクには耐えられない。ただそれだけ。

落ち着いたら、賢ちゃんの家に行きます。昔話をしに。彼が喜んでくれるかどうかはわからないけど。

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