2012年12月2日日曜日

一隅を照らす・・・豊かな国、普通の国

「一隅会」という集まりに参加している。一燈照隅万燈照国を理念とした古典の勉強会。
師は今年94歳。今日が最後の集まり。教本は「論語」でした。

北海道を襲った送電線の鉄塔倒壊による停電。ようやく復旧。
極寒の北海道。電気が止まる。灯りも暖房もない数日間。
察するに余りある避難所生活。
去年の3・11以降の東北の被災地の“縮刷版”だ。

そして、皆、あらためて思う。「電気のある暮らしの有難味」を。

「電気」のおかげで、この国は豊かな国になれたのだ。なったのだ。経済活動含め、それは紛れもない事実。

古事記にはこう記されている。日本は「豊葦原瑞穂の国」と。水があり、稲が実り、豊かな国と。
豊かな国はやがて豊食、飽食の国へとなって行った。原発事故があるまでは。
それは、まったくもって、物質的な豊かさであり、精神的な豊かさではなく。それは反比例するかの如く、物質的に豊かになればなるほど、精神的な豊かさを失っていっていたのだろう。

北海道の「炊き出し」の光景を見ていて、あらためて思う。食べ物に急に窮した時、人間は、逆に精神的豊かさを取り戻すということを。

そして、「普通の暮らし」の有り難さをかみしめる。普通の暮らしということの定義は人それぞれ、さまざまだが。今までの暮らし、それまでの暮らしということだろうか。

「電気のある暮らし」。それは、普通の暮らしだったのだと。それを豊かさとは感じないまでで。

多くの電気を生みだしてきた原発。選挙を前にして、それは、国論を二分するかのような問題になった。それがとことん、議論されない限り、多くの犠牲を払った、伴った、福島県は浮かばれない。

あらためて言う。「フクシマ」があっての国民的原発論議なのだと。その論議の内容は、まことにこころもとないが。

そして、あらためて思う。原発は麻薬のようなものだと。使わない方がいいとわかっていたのに、1回それを使ってしまい、経済成長という豊かさを手に入れ、豊食を味わうと、もう止められなくなる。
身の丈にあった暮らしが、いつか、身の程知らずの暮らしをしていたという3・11前。

またも「電気」の怯える季節となった。%だけで示される電力使用量。普通の暮らしを維持するために欠かせない「電気」。

原発を作る技術を科学者は持ったが、それを「止める」技術は持ち合わせていなかった。
社会構造は麻薬中毒患者を更生させる施設も機関も、ノウハウも持たなかった。

党首討論を聞いていて思った“感想”。

経済成長論議と原発論議は相いれないものだということ。

3・11。被災地のスーパー、コンビニ、食堂、家庭。あらゆるところから全ての食べ物が消えた。在庫管理していても、コンビニでは、スーパーでは、日々“残飯”が出て、捨てられていた時代は数日前までのこと。

温かいごはんが食べたいと皆思った。ようやく友人から貰った米。おにぎりをほんの少し、避難所に運んだ。豊かな米どころから避難してきた人達。米農家がおにぎりに涙した光景・・・。

あの日から、新しい豊かな国への模索が始まったはずなのに。

豊かな農地と豊富な水。その福島県という「豊葦原瑞穂の国」は今は消えた。

日常の中に、かならず「除染」とう言葉があり、東電の福島本社が置かれる“国”になった。それが“普通の光景”の国になろうとしている。

一燈、燈は灯。心で照らすということ。また、何かを考えるかもしれない。

きょうも寒いです。寒く感じます。暖房のある生活に人間は慣れ過ぎているのだと思います。

きょう素読した論語の一節。「飽食終日、心を用いる所無きは、難いかな」。

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