2013年3月31日日曜日

復活の日

きょうはキリスト教の「復活祭」。十字架にかけられ殺されたキリストがその3日後に生き返って来た。復活した。それを祝う日だとされる。

各地の教会で復活の祈りが捧げられたことだろう。そして、死者から生者へとなったキリストに対して、被災地のキリスト者達は、何を思ったのだろうかとも思う。

教会を流された信者はどうしていたのだろうか。立ち入り禁止になった地域にも教会はあったはず。避難している地域で、どんな想いで祈りをささげたのだろうか。

ヨハネの福音書にはこうある。「イエスは死者の中から復活されることになっている」。

多くの死者の、せめて魂だけでも、それが“復活”されていればとも。

仙台教区の神父がこんなことを言っていた。
「復活の出来事は一人で起こるのではなく、遣わされた誰かの寄り添いと受け入れによって起こるのだ。地球の営みの中でしか生きられい私達は、日々の出来事を復活体験として捉え、復活体験によって活かされる」と。
出逢いは寄り添いとともに育まれ、結びつきへと変わるとも。

この言葉は毎日のように海を眺めている漁師風の年寄りの姿を見、会話したことで生まれたのだという。

そうだな、「復」の字を使うのなら「復興」よりも「復活」という言葉の方が当てはまるのかもしれないか。

指揮者の小沢征爾が病癒えて復活のタクトを振った。さっきテレビで見た。同じ「エグモント序曲」でも、やはり彼が振ると伝わるものが違う。
復活した彼のタクトはより深みのある音楽を紡ぎだして行くのかもしれない。

水戸芸術館の館長にも“復活”した。空席だった吉田秀和の後任として。

郡山から妻と子が新潟に避難していた一家。離散していた家族。新年度を前に、新学期を前に横浜で家族一緒に、ようやく暮らすことになった。
「ようやく我が家も復活しました」。嬉しそうに電話をかけてきた。復活祭のこの日に。

小沢征爾77歳の復活。俺、まだ若い。何かを復活させなくてはいけないのかな。別に何の活動を休止させていたわけではないけど。

だけど、言葉は難しい。世の中の大勢は、なんか「いやな時代」に復活していくような空気があるし。

間違った歴史の復活だけはご勘弁いただきたいのだが。

2013年3月30日土曜日

分断線だけが出来あがっていく・・・

それをバリケードと呼んでいいのかどうか。富岡町に“行ってきた”人の話を聞いた。あちこちがバリケードだらけ。バリケードの先には何も無い光景・・・。

避難区域の再編作業が進められている。その再編は何のためにあるのか。とりあえず立ち入り禁止区域にされたところ以外は、住民は自由に一時の立ち入りがせきるようになったということだけじゃないかと。

富岡でも、楢葉でも、あさってからは浪江でも。それが“収束”に向かっているということか。とんでもない。

区域の再編は、バリケードに囲まれた区域をつくり、あらゆる意味で「分断線」を作っているに過ぎない。

敢えて青臭いことを言う。
バリケードとは大衆や民衆が、軍隊など“敵”と対峙するために作られたものだ。
1970年代の、多くの大学での学生によるバリケード封鎖。バリ封。バリケードを挟んで、そこには対峙すべき相手や敵がいた。
帰還困難区域などに作られたバリケード。その先にいる敵とは。汚染だ。そこに人はいない。何も無い、敵対すべき相手の姿が見えないところにあるバリケード。それをバリケードと呼ぶのは適切でないかもしれない。単なる規制線だ、境だ。

“戦い”の中で生まれたバリケードという用語。それが、そこに住んでいた人達の立ち入りを阻止するための日常用語と化した不可思議さ。

30キロ圏内の各所に設けられた規制線、バリケード。それは、あらゆる意味で、不条理の象徴なのだ。

避難と言う不条理が、帰還困難、立ち入り禁止、立ち入り制限・・・あらたな不条理を生んでいる。その不条理に個々人は怒りの感情や諦めの感情を示しながらも、諾々と従わねばならないという現実。

人を引き裂くことを目的としたとしか言いようが無いバリケード。何を意味しているのか。

民衆が作ったバリード。それが、今は、物理的にも形としても、どこかに“差別観”を伴った「柵」となった。

そしてバリケードは権力の側が使うものになった。沖縄の米軍基地はバリケードで「保護」されている。官邸の周囲には多くの警察官が立った車止めを使ったバリケードが出来ている。各省庁もバリケードで守られている。

国の一部がバリケードで分断されている。それが何を物語り、何を問いかけているのか。バリケードの向こうにある見えない敵、放射能汚染とどうやって戦うのか。

多くの「魂」がバリケードの前で立ちすくんでいることだろう。

バリケードをかいくぐって立ち入り、そこに侵入した人が逮捕、起訴される。
そこに置き去りにされた動物たちを保護しようとする“善意”の人達を。

バリケードの中で放置された動物たちの「魂」は何を思っているのだろうか。


福島県の一部の現実。それがこの国の他の地域でも起こらない事を願うしかないのか。

「バリケードを突破せよ」。もちろん非現実なことではあるが、そんな“指令”が頭の中をうず巻く・・・・。

区域再編が新たな混乱と分断を招く。その分断線は隣近所、家族にも及んでしまった・・・。

そして思う。分断線、バリケード、そこに立ち、立ち入りを阻止する役目の警察官が、もしかしたら地元の所轄の警察官ではないのかということ。彼らの心情もいかばかりかだろうと。

2013年3月29日金曜日

「だって東大なんでしょ」

東京立川の活断層の話題、そう、話題としか言いようがなくなった。工事跡を、地中にあったコンクリート片を断層が動いた結果と誤認したという、なんとも「お粗末」な話し。

誤認が発覚したのは、一般公開で、土木関係者の見学者が断層とされたところを人工物に見えると指摘したことだという。

誤りをすぐ発表したことは、それを嘘の上塗りをするのでなく、謝ったことは是とするものの、なんとも頼りない「東大地震研究所」と。

その活断層の上に住んでいる住民、年配の女性が言っていた。「だって東大なんでしょ」。思わず膝を叩いてその女性に拍手。

東大、東大、天下の東大。それが東京帝国大学と言われていた時から、まさに東大は最高学府であり、大方の人は、信頼を寄せていた。
「東大の偉い先生が言うのだから間違いない」ってな具合で。

原発事故後、東大に対する、そこの研究者に対する信頼は著しく損なわれた。
原子力工学から始まって防曝まで。言うことはことごとく外れる、世間を惑わす。大いなる権威の失墜。

普通の年配の女性が切って捨てた。「東大なんでしょ」。その一言はこの国の権威を真っ向から否定した言葉とも受け取れる。学者の“権威”はその座を保てなくなったような。

言い訳けがふるっている。「催眠術にかかったようだった」。言うこと無し。

とかく世間は、なんでもかんでも「学者」に頼る傾向大。それが、時には危ういことに福島の人はすでに気付いていた。学者の論を信じなくなっていた。

「日本は地震列島であることは間違いない。巨額な予算を使って、いくら予測したり、調査しても所詮無駄。何時来るかわからないって覚悟を決めるっきゃないさ」。そんな一般の、普通の人の言うことが“真理”なのかもしれない。

この活断層誤認、与える影響が怖い。学者への不信だけならまだしも、多くの原発立地地域で行われている調査結果そのものへの不信。それは電力会社を勢いづかせる。再稼働への疑問を消してしまうような空気が出ることへの恐れ。

多分、彼らには「利用」されるだろう。

学者とは離れるが、東大法学部出身の官僚。たしかに優秀である。一を聞いて十を知る。まさにそんな具合の人も。

その東大出の官僚が、事あるごとに謗られるのか。普通の言葉で言おう。「頭でっかち」だからだ。頭は優秀だけど、手足がついて来ない・・・。

手足とは何も“部下”を指して言っていることではない。その人の全体像だ。

現場を知る。現場を経験する。それが、今、被災地に携わっている官僚に要求されること。

福島県にも国から優秀な官僚が“出向”で来ていた。定期的な人事異動で彼らは本省に戻る。戻らないとポストが無くなるから。出世が出来なくなるから。

国、県、市町村。公務員の交流をもっともっと計らねば。まともな高級官僚には、仕事に対して熱意とこころざしを持っている人には地方の役人もついて行く。手足となるはず。寝食を共にするという事がいかに大事なことか。

様々な「規制」の執行者として、権威として官僚が存在する限り、この国は動かない。

学者、官僚。権威、権威。それに寄りかかっていたことの危うさに人々は気付き始めている。そうなんだ。「倚りかからず」なのだ。いかなる権威にも。

茨木のり子の詩が痛い。

もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけ。

冒頭の女性と茨木のり子が重なって見えた。

2013年3月28日木曜日

「正義ほどうさんくさいものは無い」

一つの時代を語る時、それが好ましからざる時代であるから尚更か。
日本中が“マネーゲーム”で湧き、人の心はカネで買えると言ってのけたホリエモン。あの時代を“象徴”する人物だった。あの時代の代名詞が“ホリエモン現象”。

仮釈放された彼が昨夜の会見で言っていた。検察批判として。
「正義ほどうさんくさいものはない」と。彼が言わんとした正義が何を指すのかはわからない。しかし、この「言」は「名言」だと。

「3・11」は、この国を語る上での大きな分水嶺だったと思う。それ以前とそれ以降と。この国の時代認識、歴史の一つの転換点だったと思うから。

そして、それ以前でも、それ以降でも、いや、以降か。「正義」という言葉が氾濫した。多くの人が「正義」を唱えた。

正義とは何か。その答えを持っているひとは少ないと思う。いや、それへの答えは無いのかもしれない。

でも、「正義」ということについては考えなくてはいけないこと。私事だが・・・塾で去年、2回にわたって“正義とは何か”を話し合った。

日本人が考える正義の概念と、英語でいうJUSTICEとに違いはあるのか。

プラトンが説く正義、アルストテレスが説く正義、マルクスが説く正義・・・。

国家の正義、法の正義、戦争の正義、個人の正義・・・。

正義は誰にとっても必要なものである。しかし、いろんな正義があって正解は見つからない。

だから単純に考えようーと言って広辞苑の字解にある「正しい筋道、人が踏み行う正しい道」に収斂すれば、この国の各所には正義が存在しないことになる。

今、我々にとっての正義とはという設問に変えてみる。今。それも正しさという平易な考え方で。

それを被災地に考えてみる。“正しいことの判断とは”にも置き換えても。
そして話を「福島にとっての正義とは」に展開させた。
「正義」ということについて、深く考えて欲しかったから。

少なからず「正義の名の下の戦争」を経験して来た者にとっては、彼らにそれを考えて欲しかったから。

原発事故後、福島に対して「正義の名の下」に、さまざな事が語られて来た。今も語られている。

その多くに「うさんくさい」ものを感じ取る。何がうさんくさいか。それらに何らかの「意図」を感じるから。汲み取るから。

そして、正義の延長線上にあると捉えた責任。正義を持ち合わせていない人達は、自分たちで“正義”を行使しようとせず、なんでも「第三者委員会」に事を委ねる。免罪符を求めるような、かけ込み寺の如くのような。

さまざまな正義がある中で、誰しもが正義の人でありたいと思っているということ。

正義に「胡散臭さ」はあって欲しくないのだが。

だれかホリエモンに掘り下げて聞いて欲しかったな。
「うさんくさくない正義って何ですか。あなたが思っている正義って何ですか、どういうことですか」と。

権力は胡散臭いに決まっているさ。そう言い放ってしまえば身も蓋もないか・・・

2013年3月27日水曜日

「宴のあと」

もう半世紀も前だったか。三島由紀夫が書いた小説「宴のあと」。東京都知事候補だった有田八郎と白金台の料亭、般若苑の経営者畔上輝井を主人公にした小説。それを有名にさせたのは「プライバシー裁判」という言葉。
言ってみれば、モデルであった人達が三島や出版社を「プライバシーを侵害した」と訴えた事件。プライバシーという流行り言葉の発端だったような。

その般若苑は、倒産し、売りに出され、そして数年前に解体された。その跡地に「白亜の殿堂」が立っている。

白金台の目黒通りから1国に抜ける細い道を入っていったところ。白亜の殿堂の前には警備員が数人配置され、周囲の住宅には「建設反対」と書いたのぼりが今も立っているはず。

経緯は知らないが、その家の持ち主、住民は孫正義。ホワイト犬の総帥。近くのマンションの5階位から見るとその家の全貌が見える。とにかく大きい。豪邸。屋根にソーラーパネルがついているかどうかはわからないが。
表札がかかっているかどうかは知らないが。

一昨年、たぶんこの豪邸が出来ていたかどうか。その頃、孫は菅直人と共に、自然エネルギー、再生可能エネルギーの旗を振り、テレビカメラの前で二人で狂喜乱舞し、被災地に大金を支援し、(それがどうだったかもわからないが)、時代の寵児になっていた。

何故か今、原発反対の声はあるものの、あの「エネルギーの転換」という空気はどっかに消えて行ったような気さえする。少なくとも政権は原発再稼働に向けて舵を切った。

原発に変わる代替エネルギー問題。あの騒ぎ。まさに「宴のあと」といったような感あり。

バブルという時代があった。皆、バブルに酔った。それが道を間違えているとは気付かずに。ネットバブルという言葉もあった。その寵児はホリエモン。
今日、仮釈放されたと言う。

バブルの崩壊。まさに「宴のあと」であった。

破壊された原発。その悲惨な光景、人が住めなくなった土地。それも、一時は原発マネーが動き、さまざまな人がその恩恵に浴した「宴のあと」のような光景。

そして、この国は、新たな「宴」を求めて歩を進めようとしているように見えてならない。実態は何処にも無いのに、景気は上昇するという宴を夢見て、株価は上がり、高級時計や宝飾品が売れに売れ、気分はどこか“バブルの再来”になったような人たち・・・。

被災地の一部でも、一時復興バブルと言われた。仙台の町がそうだった。すでにして遠のいた雰囲気だと言われる。

東京では桜が満開だという。桜の下で、宴が繰り広げられている。桜の宴はすぐに終わる。そのあとは・・・。

“般若苑”、孫正義邸、目黒通りを挟んだ北側、そこにはかつて吉田茂が好んで住んでいた外務大臣公邸があった。自然公園に変わっている。そこもかつては桜の名所だった。

般若苑事件、プライバシー裁判、その終焉を迎える時に、安倍晋三の祖父、岸信介も介在している。

桜便りが伝えられる度に、なぜか浮かんでくる三島由紀夫。そして般若苑跡地・・・。

般若苑の近くには藤山愛一郎の邸宅もあった。その後は・・・。マンションになっているとも聞く。藤山愛一郎もそういえば“宴のあと”のような人生だったのかも。

白金台の住民の一人が言っていた。孫邸は地下20メートル掘り下げられていて、シュルターが完備されているって。

2013年3月26日火曜日

「無言」が多くを語っている

新聞の投稿欄でこんな記事を見かけた。埼玉県から岩手県にボランティアに行った女子大学院生の投稿。数日前。

「先日、大槌町に行った時のこと。宿泊先からタクシーで移動中、運転手が一本道で突然スピードを落とした。ゆっくり進む車中、運転手の意図がつかめなかった。
ふと、窓の外に目をやると、そこには津波に流されたままの姿の大槌の町並みが広がっていた。そこにあったはずの家も店もなく、ただ基礎だけがむき出しになっていた。一本道を抜けると車はまたスピードを出した。
あの時の運転手はどこか怒っているようにも見えたのだが、その後思いなおした。おそらくこう言いたかったんだろう。この景色をよく目に焼き付けて忘れるなと。東北の今と向き合い、そして忘れてはいけないと強く思う」。

その「運転手」をボクは勝手に想像する。もしかしたら話したかったのかもしれない。でも、町の状況を話すと、涙で言葉が出なくなるので無言だったのかもしれない。もしかしたら、津波で家族を亡くしている人なのかもしれない。
いや、口にすることによって、感情が入る。敢えて無言を貫く方が、その光景を見て貰うことの方が、意義があると思ったのだろうと推察する。

観光タクシーとは違うのだから。乗せた客が他県の人だとわかってあえて、説明を加えず、そこにある事実、現実を見て貰いたいという思いだったのかもしれない。

たぶん、彼が饒舌であったなら、投稿した学生も話に気をとられ、その姿を焼き付けることがなかったのかもしれない。

無言であるということが、実は多くのことを物語っているのだ。

東北人は寡黙であると言われる。寡黙かもしれない。黙っていると言われる。
そうかもしれない。しかし、無言であるという事が実は様々な意思表示につながっている。

東北人の魂だとも。

だから、例えば、テレビの被災地でのインタビューよりも、一枚の写真の方が、”饒舌“に多くのことを語りかけ、見る人に、その「読解力」を問うている。そんな話につながるような気がする。

あるエッセイストがこんな一文を書いていた。
「家の取り払われた空き地にぽつりと立っていた手書きの看板の文字が目に焼き付いている。“ご支援ありがとうございます。いつか必ず恩返しいたします。気をつけてお帰りください”と書いてあった。こんなところでも見知らぬ他者を気遣っている。」

見知らぬ人への気遣い。それは、遠野物語にも散見される東北人の魂。
「まれびと信仰」。信仰といっても宗教とかでは無い。魂だ。稀人。他所から来た人、その人達を迎い入れ、手厚くもてなす。それはたまに来る先祖の霊なのだからという“思想”。

被災地にあっても、それが、今も生きているという、この東北魂(たましい)。

一昨年書いた福島の幼い姉弟の話しを思い出す。支援に向かう警察車両や自衛隊の車両の列に手を振っていたあの二人。朝は「ご苦労さま、行ってらっしい。よろしくお願いします」。日暮れ時は「お疲れ様でした、ありがとうございます。気を付けて」。手書きの紙を高々と掲げ立っていたあの二人の姿を。

2013年3月25日月曜日

風に立つライオン・・という歌

さだまさしの曲に「風に立つライオン」というのがある。

もちろん、大震災以前に作られた曲ではあるが・・・。

その歌詞の一部に「君と歩いた千鳥が淵公園の夜桜」って個所があったからか。

国際医師団として世界各国を回り、アフリカのナイロビに居る時に、その恋人から届いた結婚報告の手紙。それに対する返信として書かれたような詩。

その中にはこんな言葉が書かれている。
「この偉大な自然の中で病と向き合えば、カミサマについて、人について考えるものですね。やはりボク達の国は、残念だけど、何か大切なところで道を間違えたようですね」。

さだまさしは、すでにして気づいていた。この国が道を間違っていることに。
だけど多くの日本人は、道を間違えていることに気づいていなかった。気づいていても気づかない振りをしていた。そうなのかもしれない。

そして、今も「間違った道」を歩き、走りしているような気がする。間違ったナビが告げてくれる道を進んでいるのかもしれない。いや、進んでいる。

道か・・・難しいな。他人が作った道。自分が踏み出した道。道は一本まっすぐな方がいい、そう言った人もいれば、まがり道くねくね~と歌った歌手もいる。“迷い道”という歌。

風に立つライオン、それは、ナイロビの医師だけではない。福島にも、被災地にもいる。年若いライオン達が。子供たちだ、小中学生だ、高校生だ。

風に立つ子供たち。彼らが立ち向かう風とは・・・。放射性物質のプルーム運んだ風ではない。世間という風なんだ。

こんな子供の言葉を聞いた。読んだ。卒業にあたっての言葉だったか。
「何のために学ぶのかを考えた。これまでは自分のためだと思ってきた。しかし、今は違う。自分自身に知識がないことは、人を傷つけることだと知った。人を傷つけないためには、そこにある痛みを知らなければならない。そのために学びたい」。

被災地に、若きライオンが育っていると思う。

福島県二本松市にJAICA、国際協力機構の青年海外協力隊の訓練所がある。そこで研修を終えた若者は、海外に活動を展開している。
その彼らの“必携”の歌が、この風に立つライオンだという。


貼って置きます。さだまさしの歌を。

きょうは所用あって早くから出掛けます。ちょっと遠出。

道を間違えないように気をつけます。

2013年3月24日日曜日

たかがCM,されどCM

町を見渡せる丘にクルマを停めて男達が話をしている。ビートたけしの豊臣秀吉、木村拓哉の織田信長、笑福亭鶴瓶の千利休。岩手県陸前高田市で。
星が輝く空の下で“復興”についての思いを語り合っている。
「復興、復興って言うけど、ただ元に戻すだけの復興じゃあダメだと思う」と話す秀吉。 「おれさ、仙台を日本のボストンにしたいんだよ。ボストンにはさ、ハーバードとかマサチューセッツ工科大とかあるじゃん。仙台には東北大学とかいい大学いっぱいあんだろ。 そこにさ、最先端の技術とか日本の英知を集めてITに強い日本をこの東北から復活させるんだよ」。 「山形をシリコンバレーにとかさ、岩手をデトロイトにとか」。 と秀吉。

信長は「じゃ、福島は合唱が盛んだから、音楽の都ウィーン。できますよ、 きっと。粘り強い東北人なら」と語る。
横から利休が静かに割って入る。「そうは言うても現実はまだまだや。一つ一つのことをコツコツと積み上げていくのが大事なんとちゃいますか」と諭す。
利休が立てたお茶と、ビートたけしは、いつもながらにコーヒーを所望し。
3人は夜明けまで熱い思いを語る。

トヨタのRE  BORNというシリーズのCMです。11話目。今年の「3・11」の限って放送されたという2分の長尺CMです。

トヨタのこのRE  BORNシリーズのCMは良いです。面白いです。そして感動します。
首都高から宇都宮の餃子に始まって、猪苗代では伊達正宗の子役が登場したり、マツコデラックスが乗っていて、いわきのハワイアンセンターに登場したり、石巻では町工場を訪れたり・・・。
笑えたり泣けたり。
ネットで見つけた動画、どなたかのサイト。無断で借用します。見られるかもしれないから。


これはそれまでの作品。

そして、このCM、音楽がいい。何と言ってもいい。よく見つけたもんだと言うくらい。

「黄昏のビギン」。懐かしいです。永六輔作詞、中村八大作曲。往年の名コンビ。♪雨に濡れてた~~たそがれの街・・・♪

SMILE」。ナットキングコールの歌で有名だった、もとはチャップリンの曲。
このCMのことではないけれど、ある避難所で子供が忙しく働いている大人の人に言ったという。「おじさん、ここではね、怖い顔をしていてはいけないのだよ。みんな、笑顔でいないとダメなんだよ」って。

そして、ラベルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」・・・。亡き王女とは誰を指すのか・・・。

使う音楽にもメッセージがある。そして隠されたメッセージを読み取る。この陸前高田編に。

中央集権から脱却して、それぞれ個性豊かな都市にしていこうというメッセージ。復興と言う言葉の漠然さと不透明さへの疑問の提起。

CMとはCommercial Messageである。でも、Culture Messageでもあると思う。そして、このトヨタのre born、生まれ変わる。それはCMをContribute Messageに変えた。Contribute、それは“捧げる”という意味で。

別にトヨタフアンでもありません。トヨタの宣伝をしているつもりはありません。しかし、この長きにわたるトヨタのRE BORNシリーズのCMを見ているとCMってやはり“文化”なのだと思うのです。
制作者が誰かはしりませんが・・・。

CMに「かずけた(方言)」東北学の展開。このテーマのCMが長続きして欲しいと。