2013年3月4日月曜日

学者が政治を牛耳っている・・・の感

誰かが上手いことを言っていた。
「アベノミクス」転じて「アベノミス」とならなければいいがと。

「ク」はありとないとでは大違い。あげくその「ク」が「苦」にならなければいいのだが。

アベノミクスの原点は、内閣官房参与になっているエール大学名誉教授の浜田宏一氏によるところが大きい。そして経済政策のブレーンには学者が並ぶ。
ご存知、慶応大学教授竹中平蔵から東大大学院教授の伊藤元重など。

学究の徒がどこまで政治に関与するのか。学者とは研究者であり、教育者でもある。学問としての理論である。その理論をあながち否定するものではないが、政治とは実践である。学者の意見の受け売りといったような政治はいただけない。

学者の言説が万能ならば、学者が政治家になればいい。もちろんなった人もいるが脚光は浴びていない。

学者、それを専門家としてみよう。そう位置づけられる人達がなんと多いことか。そして、それぞれの研究成果や理論は違っている。

世の中、浜田理論に酔っているの感。3%の経済成長。株価は上がり、円安に。
歓迎する向き多々あり。かたや、ガソリン上がる、灯油もあがる、冷凍食品も上がる。もちろん、デフレ脱却、インフレ目標なのだから物価が上がるのは良いことされるのかもしれないが。

安倍の経済政策が、被災地にとってどれだけの善政になっているのか。そこへの言及はほとんど聞かれない。

大熊町や楢葉町の避難民は、多くが会津若松にいる。一時帰宅、立ち入り許可。
往復の車のガソリン代が大きな負担だという。それは悲鳴にも近いという。

国が成長していくためには、どこかで、なにかの犠牲を伴う。過去の歴史を見てもそうだったが。避難民はもう十分に犠牲を払っていると思うのだが。
こういった、いわば“感情論”に近いものは学者様の念頭にはないのだろう。安倍側近の経済学者さんには。

専門家。例えば投資コンサルタント。経営コンサルタント。彼らの“理論”が正しいのなら、それを顧客に押しつけるのなら、自ら実践してみてはいかが。
コンサルタントで儲かった人はあまり聞かない。倒産したコンサルタント会社の例は聞いた。

なぜ、学者が珍重されるのか。政治が劣化しているからだ。学者の世界は学者の世界として機能しているのがいい。政治は政治家が機能していて、はじめて“政治”と言える。

それぞれが本分に則って機能していないということ。

医学の世界でもそうだ。たぶん、研究医と臨床医は違うはず。我々が求めているのは両者が“複合”した治療。政治とて然り。

まもなくあと7日で「あの日」が来る。あの日、菅が官邸に集めたのは、“学者”だった。しかも原子力関係の。作ることは知っていても、事故処理は知らない学者。

その後の「復興構想会議」でも、メンバーの多くは学者。

テレビや新聞で勝手なことを言っていたのも学者。もちろん、全ての学者を否定しているものでは決してない。原発事故後、放射線が拡散された時、信を置いてツイッターで流されるチーム中川や早野龍吾の説には助けられた。

「末は博士か大臣か」。子供の頃言われた親の願望。その“並列”だった人達が、いつの間にか学者が優位に立ち、大臣と言う政治家が、その言説を疑いも無く取り入れているということ。

学問と政治とは違う。学問の世界でも派閥はあり、出世のための手練手管がある。政治家かも然りだが、知識を持たない、理論を持たない政治家は、結局、“政局”を仕事としているような。

勉強が嫌いだったから、学者の道も志ざさず、反権力の故を以ってか、政治家をも志さず。そんな亭主の「恨み節」か。

そんなボクが言うのもおかしいけど、今、求められている経済学者は、成長経済学者でなく、経済哲学者なのだと思っているのだけど。
「実存主義と経済哲学」。学生時代唯一面白いと思った講義。

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