2013年12月16日月曜日

そして新たな“分断”が

除染廃棄物の中間貯蔵施設建設に向けた動きが加速化しはじめた。ずいぶん前から言われていたこと。それが、今になってというのか、予定通りというのか。

時々顔を表す石原環境大臣。県知事や関係町の町長に建設受け入れを要請。県と町にボールが投げられた。
双葉、大熊、楢葉の町長は重い荷を背負うことになる。納得済みの事であっても。
県知事は相変わらず「住民への丁寧な説明」を国に要求するといい、後は「地域住民の合意を得て」なんてことで“逃げ”の一手だろう。

1Fの周りの16平方キロ。2Fの近くの3平方キロ。候補地とされるその土地は国が買い上げる。

双葉、大熊は帰還困難区域。たぶん戻れない地域。建設予定地は。そこの土地は買いあげられる。その土地に隣接する、該当しない町の土地はそのまま。
該当した土地の所有者は、「公共用地取得基準」で買いあげられる。
カネが入る。そうでない地域。同じ帰れない地域であっても買い上げの対象にならない地域の住民はそのまま。

早くも聞こえ始める声。どうせ帰れっこないのに、こっちはそのまま。あっちは買いあげ。不公平だ。そんな、またもや「カネ」の事。そして「カネ」にまつわる地域の分断。
「原発」をめぐるカネ。建設時に巨額のカネがばらまかれた。立地地域の人たちは「甘い汁」を飲まされた。「蜜の味」に馴染んでしまった。

原発事故。多額の賠償金が支払われた。その賠償金をめぐり、今や、それをもらっている避難している福島県民と、例えば郡山のように、賠償金は(一時金はあったが)無いところの人たちの間に“分断”が生まれている。
「あいつら、賠償金で遊んで暮らし、車までも買っている。おかしくないか」と言った類の。

県民の分断。

そして、今度は施設建設を巡っての土地の買い上げ。同じ町の中での分断。
「分断」という悲しい言葉を、何回見聞きすればいいのか。

フレコンバッグのある光景。異様な光景。貯蔵施設が無いと除染もはかどらない。中間貯蔵施設は県内に作らざるを得ない。致し方ないこと。たぶん、だれしもがそう思っている。

一昨年4月、小中学校を再開した郡山。線量の比較的高い小学校の校庭の表土を当時の市長の“決断”で剥いだ。それを同じ市内にある焼却場に搬入しようとしたところ、その焼却場のある地域の住民は「反対」とした。結果、剥された表土は行き場を失い、校庭につまれたまま。その置かれたままの土が、格好のネタにされた。

「汚いものは自分たちのところには欲しくない」。

住民エゴだとなじったが、そんなことはいままでいくらでもあったこと。

中間貯蔵施設は30年。なんで30年か。その間に線量が低下するだろうということ。屁理屈を言えば、逆に言えば30年間は放射性物質がその施設の中に充満しているということ。
永久保管場所は他県に。法で決めろとの要求もある。仮に決めても実行されるか。されない。法改正だって出来る。法の抜け道だって作れる。

除染廃棄物だとしても、それを永久に引き受けるところがどこかにあるのか。

一昨年、何回も書いたけど、沖縄と福島。“固定化”の構図は、60年以上の今、場所を替えて再現されるのだ。
しかも、修復不能な「分断」を伴って。そして「カネ」が絡み合って。

双葉、大熊、楢葉の町長はいかにこれをさばくのか。10万ベクレル以下の廃棄物最終処分場建設の候補地とされた富岡の町長は、どう住民と折り合いをつかえるのか。

町議会で強行採決というわけにもいくまい。「住民合」なるものは不可能だ。
県内のメディアの調査。該当町の住民への。賛成50%余り、反対20%弱。20%強が「わからない」。

強制買い上げ。土地に対する農民の意思は強い。全共闘無き今、あんな「闘争」は起きないと思うが、かつての、成田空港建設をめぐる「三里塚闘争」も歴史の彼方から蘇ってくるような。
買い上げ反対を言う「一坪地主」が出てこないとも言えない。

ほとんど報じられなくなった“汚染水流失”。きょうも続いているはず。

何も変わっていない原発事故の後処理。あと始末。県民は、ただただ精神的疲労感を、徒労感を増すだけ・・・。

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