2013年12月31日火曜日

「開かずの踏切」、そして「おやすみ」

ある世代の方で、音楽好きな方ならきっと覚えておられると思う。
井上陽水のアルバム「氷の世界」を。

アルバムの最初の曲名は「開かずの踏切」、そして名曲、“心もよう”や“氷の世界”などを挟みこんで、最後の曲が「おやすみ」。


今年一年、開かずの踏切の前で立ちすくんでいたのではないかと思う。歌詞にある「行き先を隠した電車、調べる余裕も無いボク。次々と駆け抜けて行く電車、思いもよらぬ速さの」・・・。

そう、それは今年一年のことであり、3・11後の世界であり、ある時代からのこの国のこと・・・。

思いもよらぬ速さは、時間であり、スピードを求める、求められるさまざまなこと・・・。

歌詞の一部を抜く。

♪目の前を電車がかけぬけていく 想い出が風に巻き込まれる
思いもよらぬ速さで 次々と電車が駆け抜けていく
ここは開かずの踏切

電車は行き先を隠していたが 僕には調べる余裕もない
子供は踏切のむこうとこっちでキャッチボールをしている
ここは開かずの踏切♪


開かずの踏切の経験がある。ずっと以前の小さい子供だった頃。
住んでいたところは、アメリカ軍の焼夷弾で焼けつくされた。母親と祖母、弟妹。逃げまどっていた。焼死体がある中を安全だと思われる場所を目指して。

渡らねばならない線路があった。踏切の遮断機は下りたまま。長い、長い、軍用列車、貨物列車が走りぬけて行く。逃げまどう人達の渦が踏切の前にたまる。
ただひたすら開くのを待つしかない。その時の光景、うろたえる大人たち。そのセピアな光景は消えることがない。

やがてその踏切は開き、線路の向こうの畑に身を隠し、一晩明かしたこと。逃げる途中で祖母の防空頭巾に火が付き、用水路に突き落とされて一命を助かったこと・・・。

たぶん、このことがあったからだろうか。今でも踏切は嫌いなのだ。嫌なのだ。


歌はその時代の合わせ鏡だという。
氷の世界というアルバムが出されたのは1973年。若者たちは安保で挫折し、全共闘で疲れ、新宿西口でフォークゲリラという“集会”を持ち、その時代を生きているということを確認したかったのだろうか。

なぜ陽水が「氷の世界」と名付けた曲を作ったのか。たぶん、彼らの世代には、生きている今が氷のような世界に見えたのだろうか。

傘がない、心模様。それよりも問題はきょうの雨、傘が無い。君に逢いに行かなくちゃ・・・。世の中の動きにまるで「個」を優先させるような。

使い古されたようで、今も生きている漠然とした言葉「不条理」。そう、あの頃の若者はそれに敏感に反応していたのかもしれない。

そして、開かずの踏切のままのように、不条理は今も行われている。


「おやすみ」の歌詞を拾う。

あやとり糸は昔切れたままなのに
想い続けていればこころがやすまる
もうすべて終わったのに みんなみんな終わったのに

深く眠ってしまおう
誰も起こすまい あたたかな毛布でからだをつつもう
もうすべて終わったから みんなみんな終わったから


氷の世界の陽水は、あの時代で終わっているのかもしれない。おやすみは自分に向けたメッセージだったのかもしれない。でも、陽水は、氷の世界を引きずったまま、今も生き続けている。

だから、また、「終わりと始まり」という言葉を使わせてもらう。

一年があと数時間後には終わる。同時に新しい年が始まる。まるで連結器をつけた電車のようだ。

いろいろなことを考え、思い、疲れ切った心身。そうだ、きょうははやく休もう。温かい毛布にくるまって。せめて寝ている間は何も考えないでいられるように。深く眠ってしまおう。

すべてを終わりにさせないために。みんな終わりにしないために。

明日、目覚めたら、また何かを書き始める。綴る。妄言を吐く。

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