2013年12月21日土曜日

「東京オリンピック」という“怪物”

今朝も茨城や千葉方面で震度4の地震。政府の地震調査推進本部は、30年以内に震度6弱以上の大地震が関東で発生する確率上昇しているとか。

一昨日は国の有識者会議がマグニチュード7以上の首都直下型地震が30年以内に起きる確率70%、死者2万3千人。経済被害95兆円という想定を発表。

東京の小笠原地区にある西之島で噴火が続き、新しい島が出来、今日も溶岩を噴き上げている。

領海が広がると“よろこぶ”NHKのキャスター。何らかの前兆、影響はと懸念する民放キャスター。
たしか安倍も領海に言及していたような。

2020年東京オリンピック。その招致合戦の中でも「地震」の事は懸念材料とはさほどされてはいなかったようだ。でも十分に懸念に値するはずなのだが。

2020年東京オリンピック、それは、この国にとってどういう意味があるのだろう。
あのプレゼンテーション以来、なにやらこの国はオリンピック一色に染まってしまったようだ。そしてそれは悲喜劇すら巻き起こす。

猪瀬東京都知事の“疑惑”をめぐる辞任。そう、あれだけ執心したオリンピック招致。オリンピックのためだけに都知事に選ばれたわけではなかろうに。

辞職会見でも、後任にオリンピックの成功に向けた努力を託すという。
安倍も、辞任、後任について「オリンピック」を絡ませる。

完全にブロックされているはずの汚染水問題。きのうもまた新たな汚染水ルート、地下水脈が見つかっている。シルトフェンスは時々破損する。

「おもてなし」という言葉が意味不明のまま巷に満ち溢れ、流行語とされ、オリンピック商戦が当然のこととして始まっている。

何よりも不可解、不愉快なのは「神宮の森」が壊されること。高さ70メートルに建築制限が変更され、20階だてのビルに匹敵する競技場が作られる。
往時を懐古するわけではないが、日本青年館、明治公園、外苑のイチョウ並木。それらが無くなる。

8万人を収容する巨大な競技場は、「宴のあと」どう使われていくのだろうか。
カネのことを言いたくはないが、当初予算をはるかに上回る3千億円が必要とされる。

東北に住む者として、東北に暮らすものとして、釈然としないこと。それは、すでに「復興」の遅延要素となっている資材や職人。その「不足」には拍車がかかる。オリンピックを口実に、ハードとしての「復興」は大きな影響を受けるだろう。

僻みかもしれない。だが、オリンピックのために生活再建が阻害されるということ。それも国の威信、名誉のために耐え忍ばねばならないことなのだろうか。

巨大競技場は、その後のメンテナンスなどのために、大きな後世への負担を残す。ただでさえ、たとえば国債発行にしても、大きな「ツケ」を残しているのに。

あの神宮外苑の景観が大きく変えられ、そこの歴史が消し去られる。

「おもてなし」に対してこう言おう。「もったいない」と。

猪瀬は、オリンピックのためにその地位に付き、オリンピックのために、その地位を追われた人なのかもしれない。

オリンピックに老いの執念を燃やす石原慎太郎。それを“妖怪”と呼ぶ人もいる。妖怪なんてしろものではない。
慎太郎の進言に乗り、猪瀬を切る決断をした安倍。

あらゆる意味で、2020年東京オリンピックには釈然としないものを覚える。

選手の気持ち・・・。それはわかる。ボクだったオリンピックは大好きだ。
そして思い出す。1980年のモスクワオリンピックの「ボイコット問題」。
そこにあったのは明らかに政治とスポーツが合体していたということ。選手個々人のこころとは無関係な。

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