2013年12月25日水曜日

「借金」も慣れてしまえば・・・

国の来年度の予算案が決まった。早めの年内編成。政治は順調に進んでいる・・。めでたし、めでたしっていう事なんだろう。

譬えは悪いが・・・
ある人が背に腹かえられず借金をする。年末までに返さなければと思いつつ、年を越す。借金取りは追いかけてこない。また借金をする。どんどん膨らんでいく。そのうち借金していることに慣れてしまって、返そうとする意欲すら失う。「借金も財産のうちさ」とうそぶいて。

公金横領に手を出す。最初は穴埋めしようと思っている。でもバレない。また公金に手を付ける。バレない。びくびくしながらもそれに慣れてくる。感覚がマヒしてくる。そして気が付いた時にはとてもじゃないが、返済、穴埋め不能。やがてその“事実”すら忘れそうになる。

30年をはるかに越える前。この国の財政が、予算が、借金に頼らざるを得ず、赤字国債、建設国債を発行するに至った時、国会はそれを巡って喧々諤々の議論が交わされていた。政府だって国債発行、借金することをかなり逡巡していた。

今は借金は当たり前。借金棚上げ、さらに上積み。出来た予算は96兆円。予算の4分の一が借金だ。その借金は誰が弁済する・・・。後代だ。先送り、つけ・・・。

原発事故による被ばく。その影響があるのかどうか。何十年先でないと因果関係はわからないという。それを待つのに30年・・。

廃炉。30年から40年。流れ出る汚染水。そのうち皆な慣れてくる。あっても当然だとして。

30年間の中間貯蔵施設。出来てしまえば皆慣れる。そこにあってあたり前の如くに。最終処分場、そんな話があったことは忘れる。
たとえ法律に何かが書かれたとしても、その時になれば「解釈」が変更され、そのままにされるのが関の山。

消費税増税を前にして、うまく口車に乗せられて人たちは買いまくる。家や車を。その人たちをテレビのワイドショーあたりでは「賢い消費者」と持ちあげて。

なにやらわからぬ診療報酬の改定。だれが得したのかも。

復興予算は大幅削減。予算つけても人や資材が足りず、使いきれないからがその理由。それはある意味“正論”かもしれないが、予算削減ということは、そこに目がいかない、手が届かないという心理的影響を与える。

人や資材が足りないと言いながら、国土強靭化法なるものが出来、国土をコンクリートで固めようとしている。たぶん自然は怒っているのではないだろうか。

津波を防ぐために巨大な10メートルを超える防潮堤工事や、その計画は進められる。そういうところには復興予算が充当される。

高台移転や避難道路の拡充、避難所の建設にカネを回す方が利口だと中高生までが言っているというのに。

海が見えない、猟師町。それって有りなんだろうか。

防潮堤8メートルにしない原発は認められないと規制委。防潮堤が守れるって保証はどこにもないのに。囲う事を辞めるほうが利口だと思うけど。

で、結局は予算編成、すべてが“利権”の道に通ず。圧力団体に支援されて、いわゆる族議員。跋扈、跋扈。いかにぶんどるかが自分が生き残れるかどうかの分かれ道。

膨大な借金、返すあての無い借金。

普通の家なら「夜逃げ」だぜ。

大体ね、30年後には日本の人口は激減しているはず。いくら税金上げてもおっつかないんだぜ。収める人口がないんだから。

今がよければすべてよし。なんだろうね。
30年先を見据えた、想像力を働かせた政治家なんてもう望めないようだし。

目出度さも中くらいなりおらが国。そんな戯言も成り立つはずも無く。

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