2013年12月4日水曜日

1、000日、それは一つの分水嶺

死者、1万5,883人。行方不明者2、651人。仮設住宅、借り上げ住宅での避難生活者、27万7、609人。
福島県の避難者およそ14万人。

東日本大震災・原発事故から1,000日が経ったきょうの「事実」としてある数字。

1、000日という月日の経過が何をもたらしたのか。何を変えたのか。何を無くしたのか。何を生み出したのか・・・。

苦しみや悲しみから、一歩でも這い出ようと努力している人達もいる。諦めに支配されてしまっている人達もいる。

原発。4号機の燃料棒取り出し作業が始まった。きょうも“順調”に推移しているのか。
手つかずの1~3号機。ロボットで状況把握。明らかに汚染水漏れの箇所が見つかる。しkし、それに打つ手は無い。汚染水は毎日漏れて、排出されているはず。

終わりなき戦い。

帰還困難区域、立入り禁止区域。そこは荒れ果てるだけ。家はネズミに食い荒らされ、けもの道のような、人のしらないような道を通って泥棒が跋扈している。

数か所に設けられた一時立ち入り許可の“検問所”。まもなく冬季を持って閉鎖されるという。ネズミ駆除剤を配布する。一日10軒前後の“帰宅者”へ。
これでは効かないんだよねと言いながらそれを受けとる住民。

帰還希望者の数は減少している。まだ仮設には8割の人が住んでいる。冬がプレハブにも到来する。

ボランティアの数も激減した。ボランティアの内容も変わった。なんでもお手伝いから、ケアや専門的知識を持った人たちへの支援要望。

自治体からの応援職員も減った。無理からぬことだが。

だから、被災地は、自ら立ち上がることを模索している。

風化、忘れられている。そんな感情を持つ人も多い。人のこころの移り変わりも「当然」と受けとめ、毎日、何かの努力をしている。

震災遺構のことで町の意見は二分される。正解は無い。

帰るか帰らないかを決める”分水嶺”の時とも。

国会には復興特別委員会というのが設置されているはず。でも、今の国会で何かが審議された気配すら無い。

1、000日が失ったもの。1,000日が生み出したもの・・・。

福島県川俣町に山木屋地区と言う部落がある。高線量地区。伝統芸能の山木屋太鼓。それを保存しようと子供たちは避難先で練習に明け暮れている。
空いている建物の一室を借りて。作家の鐸木能光氏がその様子を伝えてくれていた。素足にジャージ姿の小学生から高校生まで。

練習でその子たちが振り下ろすバチの音は鋭い。

一昨年、夏。陸前高田を含め、三陸地方では、伝統芸能の祭りを復活させようと大人も子供も動いていた。死者への鎮魂の意味も込めて。

原発を勉強する子供たちも増えている。事故ももちろんからめて。
高校生が被災地の在り様について提言をまとめている。
学ぶところが多い。

とにかく1,000日。刻まれる日にちは、毎日何を語ってくるのだろうかと。

来週、ある大学の同窓会で講演をすることになっている。全国から集まってくるらしい。講演のタイトルは「忘れないという支援」ということにした。
何を伝えるか、話すか。いろいろなことが頭を駆け巡っている。持ち時間は1時間。僕が考えていることはとてもじゃないが3時間、4時間喋っても語りきれないだろう。このタイトルに収斂させても。


「見、聞きし、わかり、決して忘れず」。宮沢賢治の詩の一節だけは伝えたい。普遍性を持った原則として。

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