2014年4月23日水曜日

逆説 原発再稼働のすすめ

こんな“記事”に出会った。

福井県在住の女性。福井県に避難してきている浪江町の人たちを支援している方のようだ。浪江に心を寄せてくれていると見てとれる。

「今日は、浪江町から避難している方と久さしぶりに電話しました。今年に入ってからの心情は・・・“疲れた”でした。
“もう一度原発事故が起こらないとこの国は変われないんだね。もういい。動かせばいいよ。事故は起きるから”」。


この浪江の人の言った言葉。その心情がよくわかる。たぶん、普通の主婦なのだろう。

短絡的に言えば、この国は一部の特権階級と多くの普通の人で成り立っている。

そして、その特権階級の人たちが国を動かし、動かうもんだと思っている。だから、その人たちの動静や言動を追う。しかし、その人たちは、自分たちの周り、日常、枠内、立場でしか物を考えない。

なんだかわからず避難して、辛い日々を送り、どこかで「お国がどうにかしてくれるだろう。自分たちの犠牲で、この国は変わるだろう」と考えていた普通の人たち。
その人たちもわかってきた。何も変わらない、変わっていない。我々の“犠牲”は何の意味を持っているのだろうと。

その浪江の人だって、もう一度原発事故が起きて欲しいなんて毫も考えていないはずだ。自分たちのように、“ふるさと”を無くし、人生を否定され、この先のことも考えられない。
そんな心情の中で出た“つぶやき”が、もう一回事故が起きないと・・・という本心ではない言葉なのではないだろうか。

民百姓をバカにするなよ。普通の人を舐めてかっかてはいけないぞ。その人たちの言葉にこそ「真理」があるのだぞ。真実を見抜いているのだぞ。

昨日書いた大熊の主婦の言葉もそうだ。「帰れこないんだから新しい町を作ろうよ」という言葉とて同じ。現実をきちんと見抜いている。

こんな話の記憶がある。

昭和57年。鈴木善幸内閣が突然退陣した。その年の秋、永田町は政局で揺れていた。自民党の総裁選が近づき、党内抗争は激化していた。
退陣直前、善幸さんは訪中した。同行記者も国内の記者も、すべての関心は、帰国後にあった。

訪中を挟んで、政局の読みは「善幸再選」に傾いていた。帰国後、突然、降ってわいたような善幸さんの総裁選不出馬発言。退陣宣言。
政治家を含め、永田町の枠で物を見ていた玄人にとっては晴天の霹靂だった。

善幸さんの地元。選挙区。岩手。田老町の人に感想を聞く。
「びっくりしたでしょう、驚かれたでしょう」と。
即座に返ってきた答え。
「辞めるってわかっていたよ。あんなことをしない人が、中国に行くとき一族郎党を連れていったじゃないか。ああ、最後の花道を見せたかったんだとな」。

この時から政局取材の見方が変わった。永田町の論理だけで見ることの愚を悟った。

素人の目は、感覚は確かなのだ。

福井県も原発立地県だ。その地で「動かせばいい」ということ。動かしてなんんか一つも願っていないのに、もうあってはならないと思っているのに、再稼働なんて絶対してほしくないと思っているのにそう言うということ。

まさに逆説的原発再稼働論なのだと。

冒頭の福井県の方の“記事”。こんなことも書いてあった。

「経済を言う人は、命についてふれない。
温暖化を言う人は 原発から放出される水で海水温度が上がることを言わない。
原発立地の苦悩を言う人は、事故後の立地の現状に触れない」と。

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