2014年4月8日火曜日

「支援」から「自立」へ

卒業式のシーズンが終わり、きのうは郡山では公立校の入学式。
どこの父兄でも無いボクは、入学式で校長先生からどんな「言葉」が伝えられたのかはわからない。

校長の一言が、その子たちのこれからの人生に大きな影響を与えることもある。

きょうは月一回の塾だ。新たな塾生が入ってくるわけではない。きょうの塾では「支援」と「自立」ということについて話そうと思っている。

少し前、自由の森学園の卒業式での校長の言葉を引用した。
学ぶということの意味を説いたものであり、見えないものを見る目を養う事だと説いた式辞。

学ぶということ、見えないものを見るという事。それは個が自立することにつながる。個が自立するということ。自己を確立するということ。それは、人間の尊厳につながること。

津波で流されて地域。家族や友人を失った子供。当時中学3年生。今年高校を卒業した。
彼らは、どうやったら地域のために役に立てるか。模索しながら、考え、考え、精神的自立の道を選んだ子たちがいる。

双葉郡でもそうだ。福島県人であるという、被曝したかもしれないという「アイデンティティー」を語り、自分の立ち位置を決めている高校生がいる。
「自立」の道を選択し、学びの場を通して、「支援」を必要としている人の役に立ちたいと考えている。

「自立した若者」に、またもやシンボルスカの詩、終わりと始まりの、最後の方にある一節を送りたい。

“それがどういうことだったのか
知っている人達は 少ししか知らない人たちに
場所を譲らなければならない
そして 少しよりはもっと少ししか知らない人たちに
最後はほとんど何も知らない人たちに“

「自立」の場に身を置いた若者たちは、すでに、知らない人たちの場所を譲る作業に入っているようにも思える。

支援と自立。二つの言葉の相関関係が、4年目の課題だとも思えてくるのだ。


全くの余談、横道・・・。
サポートとは支援ということだろう。パソコンはウインドウズのXPを使っていた。サポート体制終了とか。
仕方なく、2日がかりでウインドウズ7に替えた。知人の手を借りながら。
とりあえず一台だけ。
なんとなく慣れない。
しかも参ったこと。メールはアウトルックエクスプレスを使っていた。それが無くなり、別のメールソフトになった。そして、アドレス帳が変わった。
消えたアドレスもあるし、あいうえお順に並んでくれない。探し出すのが大変だ。心が折れるよな・・・。

カネもかかるし。ボクの個人情報が盗まれるのだけなら構わない。データにだって大したもんは入っていないし。ただ、メールアドレスが盗まれ、その人達に迷惑メールが、ウイルス感染したのが送られたら迷惑をかけることになる。
迷惑はかけたくないから自己防衛。

それにしても、IT革命、IT時代。光と影が混在しているような。

そうだ、外から浴びせかけられ、内から叫ぶ「復興」という言葉。現象。そこにも光と影が混在しているように思える。
だから見えないものを見る目・・・と。

“チェルノブイリ”異聞

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