2014年4月25日金曜日

「食べ物」のこと「ゴミ」のこと

東京の知人。90歳の老夫婦。このご婦人が凄い。例えば果物の皮は冷凍庫に保管し、たまったら刻んで煮込んでママレードを作る。
送ってくれるそのママレードは実に美味い。

食べ物に無駄な部分は無い、要らないとこは無いといった具合に。
包装紙はとっておく。それで栞を作ったり、封筒を作る。

戦争経験者、戦後の食糧難。それを乗り越えて来たからか。「無駄」「倹約」などを知っているからか・・・。


燃えるゴミの日、生ゴミの日。集積所は山ほどの「ゴミ」であふれている。
中身を“点検”しているわけではないが。

子供の頃、ゴミ置き場なんていうのが無かった時代。どうにも処分出来ないゴミは庭に穴を掘って埋めていた。
ゴミは極端に少なかった。

たとえばスイカのへたは切って漬物にする。仏壇にあげたご飯は「仏さんのおさがり」と言って茶漬けで食べる。使えない紙は庭で燃やす。大根には葉っぱがついていた。葉っぱをきざんで塩でもみ、ご飯の上にかけて食べた。

「物は大事にしろ」と教えられた。無駄・節約・倹約。徹底して言われた。魚の骨はあぶって食べた。「カルシューム」だと言って。魚の目玉は母親の大好物だった。ポリ袋もビニール袋もない。たいがいのものは新聞紙にくるまれ、竹の皮に包まれていた。洗えば何度でも使えた。

処分出来ない生ゴミは畑の肥やしともされていた。還流だ。

挙げればきりがないが。

みんな工夫を凝らしていた。なんにでも応用した。

飽食の時代、大量消費時代・・・・。物はどんどん捨てられた。使い捨て文化が蔓延した。

賞味期限なるものが作られ、期限切れのものはどんどん捨てられていく。

飲食店から捨てられるゴミの数々。売れ残って捨てられる弁当の数々。
廃棄される食糧。

豊かな国・・・・。

廃棄物処理場、ゴミの焼却場に行くゴミの40%は家庭ゴミだという。
使えるものも多々ある。不燃物として捨てられているものには。

椅子、机、棚、衣料品・・・。捨てられる。捨てられる。

合言葉は「断捨離」だとか。

そして片や、美徳のように言われる3Rとやら。
リサイクル・リユース・リデュース。

捨てられている段ボールの山。過剰包装なのだ。

4年前、福島に来た人たち、帰郷してきた人たち。土産に渡された福島の食べ物を、たとえば菓子にしろ。途中で捨てた。
帰途の高速のサービスエリアにそれがうずたかく、そのまま捨てられていた。

だから、なんとなく思う。やがて人間は捨てられる時代になるのかと。いや、もう言葉としてはある。

使い捨てという言葉が。年をとった人間は要らない人間か。
姥捨て山という言葉があった。楢山節考という小説もあった。

年期の入った年寄りの知恵は逞しい。

徘徊老人が列車事故を起こした。85歳の妻に慰謝料を払えとする判決。いや、それ以前に告訴したJR。

ゴミ置き場に捨てられたアルミの空き缶。一個1円で売れるという。町内会の資源回収に出せば、新聞紙も段ボールもカネになり、町内会の資金になる。

でも、それはいつもゴミ置き場に捨てられている・・・。

福島の米は、いまだ、一部では忌避されているという。

間もなく田植えの季節を迎える。米を食べ残ししたら、親から叱られた。
「お百姓さんに申し訳ない」と。

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