2014年4月28日月曜日

高度成長の“ひずみ”

東京話の続きのようですが・・・。

OB会ということで昔懐かしい場所、六本木での会合だった一昨日。それぞれが街の変貌に戸惑いながらの昔話で・・・。

今もテレ朝通りって残っているのだろうか、その名称。どうもあるらしいのだが。

かつての社屋があったところ。昔、材木町、今、六本木六丁目。そこから有栖川公園の方に曲がったところに李家苑という中国料理の店がありました。
昼は“社員食堂”状態。庭園もあり、二階は宴会場。

そこに「スープそば」というメニューがあった。たぶん一番廉価だったはず。
好んでそれを注文していた。

ある時からか、そこの店の店員さんが、今でいうホールのサービスする人がかなり変わった。増えた。

その人たちはいつも不機嫌そうだった。無口だし。客が気をつかうくらいの。

“料金を払って食べさせてもらっている”。そんな雰囲気。

ある日、極端に不機嫌そうなその人が、スープそばを運んできた。テーブルにどすんと置く。スープがこぼれる。何も言わずに去っていく・・・。

黙って拭きにはきたが。今の外食産業では有り得ないような光景。

一緒にいた先輩が一言言った。
「これが高度経済成長のひずみっていうもんだな」と。そう、どこも人手不足だった時代。

それからしばらくはその人が注文を取りにくると「ひずみ、ひずみ」と聞こえないように言っていたっけ。

そのことを思い出してその場所に行ってみた。無かった。その李家苑は。


「ひずみ」ー。辞書にはこうある。
形がゆがんでいること。いびつ。比喩的にある事の結果として現れた悪い影響と。

いろんなことがいろんな“ひずみ”を生む。

バブルのひずみていうのもあったのだろう。

低成長のひずみというのもあったのだろう。

一握りの富者と大方の普通の暮らしの人、一握りの敗者、貧者。

戦後はルンペンといった。浮浪者のことを。ホームレスという言葉はいつからうまれたのだろう。それだった一つの“ひずみ”としての社会現象。

ホームレスとは言わないのだろうが、ネットカフェに寝泊まりしている若者。


きょう久しぶりに歌壇にホームレスを名乗る人が登場していた。例の公田さんではないが。

「この夜をどこで過ごそうと行く背後 次々とシャッター降ろさるる音」


貧困とはひずみなのか怠惰のゆえなのか。わからない。

高度成長が原発を作った。成長を目指すこの国は、またその原発を求めている。
原発は、そこにあった“ひずみ”の故に、それは物理的な“ひずみ”ではあったが、“ひずみ”を認めようとしない人間が被害を拡大させた。

東日本大震災で、「痛みを分かち合う」として削減されていた国会議員の歳費は来月から元に戻る。

月に160万円の歳費。それをして自民党の幹事長は言った。
「議員が生活にに困窮するのはいかがなものか」と。

歳費とは、生活費だ。自由に使える生活費。税金の話はともかく160万でなんで困窮するのか。

政治活動費は政治資金団体から出る。政党助成金だって配分もある。議員の懐具合をとやかく細かく言わないが・・・。

安い家賃の議員宿舎に住んでいた奴が、いつの間にか豪邸を建てている。

「井戸塀政治家」という言葉があったが、それも今や“死語”だ。

石破発言も、ある意味“ひずみ”だ。感覚としての“ひずみ”。

例を挙げればきりがない「ひずみ社会」を生きているということ。

0 件のコメント: